Windows 11の通知設定から見える設計思想の変化:ローカルOSからクラウドサービスへ

増え続ける通知の正体

Windows 11を使っていると、以前より通知やおすすめが多くなったと感じる人が多いのではないでしょうか。設定アプリを開くと、システム > 通知の「追加の設定」に3つの項目が表示されます。

  • 更新後およびサインイン時にWindowsのウェルカムエクスペリエンスを表示して、新機能と提案を表示する
  • Windowsを最大限に活用し、このデバイスの設定を完了する方法を提案する
  • Windowsを使用する際のヒントや提案を入手する

これらの設定項目は、単なる通知のオン・オフではありません。Windowsの設計思想が根本的に変わったことを示しています。

変化の背景:OSからサービスへ

従来のWindowsは「買い切りのソフトウェア」でした。DVD-ROMやダウンロードでインストールしたら、そのバージョンの機能で完結していました。まるで一度買った本のように、内容は変わりません。

しかし、Windows 10以降は「サービスとしてのOS」という概念が導入されました。これはSpotifyやNetflixのように、継続的にサービスが更新され続けるモデルです。新機能の追加、セキュリティの向上、ユーザー体験の改善が常に行われます。

この変化により、Windowsは単独で動作するローカルアプリケーションから、クラウドサービスと密接に連携する統合プラットフォームに進化しました。

技術的な仕組み:ContentDeliveryManagerの役割

これらの通知を管理しているのが「ContentDeliveryManager」というWindowsの機能です。この仕組みを理解すると、なぜ通知が増えたかが分かります。

レジストリによる制御

ContentDeliveryManagerは、Windowsレジストリの以下のキーで動作を制御されています。

HKEY_CURRENT_USER\Software\Microsoft\Windows\CurrentVersion\ContentDeliveryManager

このキーの下に、様々な設定値が格納されています。例えば「SubscribedContent-310093Enabled」という値は、ウェルカムエクスペリエンスの表示を制御します。310093という数字は、Microsoft内部でのコンテンツ分類番号です。

クラウド連携による動的配信

ContentDeliveryManagerは、Microsoftのクラウドサーバーと通信して最新の情報を取得します。この通信は以下の特徴があります。

  • TLS暗号化による安全な通信
  • ユーザーの使用パターンに基づく個人化
  • リアルタイムでのコンテンツ更新
  • 地域や言語に応じた最適化

通信されるデータには、システム設定、アプリの使用状況、Windows診断データが含まれます。これらの情報を基に、ユーザーに最も関連性の高い提案が選択されます。

データ収集と分析

Windows 11では、テレメトリシステムがユーザーの行動を分析します。これは「Connected User Experiences and Telemetry component」という機能で管理されています。

収集されるデータには以下が含まれます。

  • アプリケーションの起動回数と使用時間
  • システム設定の変更履歴
  • ファイルの種類と使用パターン
  • ネットワーク接続の状態

これらのデータは統計的に処理され、個人を特定できない形で分析されます。分析結果は、より良い提案の生成に活用されます。

Copilotとの統合:AI時代への対応

2024年以降、WindowsはAI機能の統合を大幅に拡充しました。この変化は、通知システムにも大きな影響を与えています。

Windows Copilot Runtimeの導入

Windows Copilot Runtimeは、40以上のAIモデルをOS標準で搭載する基盤技術です。これらのモデルは以下の特徴を持ちます。

  • NPU(Neural Processing Unit)による高効率処理
  • オンデバイス実行によるプライバシー保護
  • クラウドとローカルの柔軟な使い分け
  • 開発者向けAPIの提供

NPUは、AI専用の処理チップです。従来のCPUやGPUよりも効率的にAI計算を実行できます。40TOPS(Tera Operations Per Second)以上の処理能力により、リアルタイムでの言語翻訳や画像生成が可能になりました。

Copilot+ PCの登場

Copilot+ PCは、高性能NPUを搭載した新世代のWindowsデバイスです。これらのデバイスでは、以下の機能がローカルで動作します。

  • Live Captions:リアルタイム字幕生成と翻訳
  • Windows Recall:画面の内容を記憶し検索可能にする機能
  • Image Creator:テキストから画像を生成
  • Paint Cocreator:絵画支援AI

これらの機能は、従来のクラウド依存型AIとは異なり、インターネット接続なしでも動作します。プライバシーを保ちながら、高度なAI体験を提供できるのです。

UI設計の変化:Webサービス的な体験

Windowsの通知が増えた根本的な理由は、UI設計の思想が変わったことにあります。

従来のデスクトップアプリケーション

従来のソフトウェアは、以下のような特徴がありました。

  • 機能は購入時に固定
  • 新機能は大型アップデート時のみ追加
  • ユーザーへの提案は最小限
  • 追加サービスの案内は別アプリケーションで実施

例えば、Microsoft Office 2019のようなパッケージソフトは、インストール後の機能変更はほぼありませんでした。

現在のWebサービス的UI

一方、現在のWindowsは以下のような設計になっています。

  • 継続的な機能追加とアップデート
  • ユーザーの行動データに基づく個人化提案
  • プレミアム機能やサービスの積極的な案内
  • おすすめコンテンツの定期的な表示

これは、SpotifyのPremium推奨、YouTubeのYouTube Premium案内、NotionやDropboxの有料プラン案内と同じUI文法です。従来のパッケージソフトに慣れたユーザーには、違和感として感じられることがあります。

Microsoft 365推奨の拡大

実際に、Windows 11では以下の場所でMicrosoft 365の推奨が表示されるようになりました。

スタートメニュー:2023年3月のKB5023778アップデートで、Microsoft アカウント通知機能が追加されました。OneDriveバックアップや Microsoft 365の試用版が推奨されます。

設定アプリ:Microsoftアカウントと連携し、サブスクリプションの状況や新規契約の案内が表示されます。

File Explorer:ファイルエクスプローラーのアドレスバー下部に、OneDriveバックアップの推奨が表示されることがあります。

全画面プロモーション:Windows Update後に「PCのセットアップを完了しましょう」という画面が表示され、Microsoft 365 FamilyやBasicプランの試用が案内されます。

PC Manager:Microsoftが提供するシステム最適化ツールでも、Microsoft 365の広告が「ヒント」として表示されます。

個人化技術の進歩

Windows 11の通知システムは、高度な個人化技術を使用しています。

データソースの統合

個人化された提案を生成するため、以下のデータが統合されます。

  • Windows診断データ
  • Microsoft Edge の閲覧履歴(許可した場合)
  • Microsoft 365、Xbox等の他サービス利用状況
  • デバイスの種類と性能
  • 地域と言語設定

これらのデータは、機械学習アルゴリズムによって分析されます。例えば、画像編集アプリを頻繁に使用するユーザーには、Adobe Creative Cloudの案内が表示される可能性が高くなります。

プライバシー保護機能

一方で、プライバシー保護も強化されています。

  • データの匿名化処理
  • ローカル処理の優先
  • 細かな制御設定の提供
  • 企業向けの一括管理機能

ユーザーは「設定 > プライバシーとセキュリティ > 推奨とオファー」で、個人化機能を無効にできます。

企業環境での対応

企業や組織では、これらの通知を組織全体で制御する必要があります。Microsoftは、そのための仕組みを用意しています。

Group Policy による制御

Windows のGroup Policy(グループポリシー)を使用すると、組織内のすべてのPCで通知設定を一括管理できます。

Computer Configuration > Administrative Templates > Windows Components > Cloud Content

このパスにある「Turn off the Windows Welcome Experience」ポリシーを有効にすると、ウェルカムエクスペリエンスが組織全体で無効になります。

レジストリによる詳細制御

より詳細な制御が必要な場合、レジストリを直接編集できます。

HKEY_CURRENT_USER\Software\Microsoft\Windows\CurrentVersion\ContentDeliveryManager

このキー下の以下の値を0に設定すると、対応する機能が無効になります。

  • ContentDeliveryAllowed:コンテンツ配信全般
  • FeatureManagementEnabled:機能管理
  • SubscribedContent-310093Enabled:ウェルカムエクスペリエンス
  • SubscribedContent-338389Enabled:設定内のヒント

Microsoft Intune での管理

クラウドベースの管理ソリューションであるMicrosoft Intuneを使用すると、リモートでデバイス設定を管理できます。Configuration Profileを作成し、通知設定を組織全体に適用できます。

技術的な実装詳細

ContentDeliveryManagerの動作原理を、より詳しく見てみましょう。

サービスアーキテクチャ

ContentDeliveryManagerは、以下のコンポーネントから構成されています。

ContentDeliveryManagerService:バックグラウンドで動作する Windows サービスです。定期的にMicrosoftのクラウドサーバーと通信し、新しいコンテンツを取得します。

NotificationService:取得したコンテンツを適切なタイミングでユーザーに表示する機能です。ユーザーの使用パターンを分析し、最適な表示タイミングを決定します。

TelemetryCollector:ユーザーの行動データを収集し、クラウドに送信する機能です。収集されるデータは、プライバシー設定に従って制御されます。

ネットワーク通信

Microsoftクラウドとの通信は、以下のエンドポイントを使用します。

  • settings-win.data.microsoft.com
  • v10.events.data.microsoft.com
  • watson.telemetry.microsoft.com

これらの通信は、企業のファイアウォールで制限できます。ただし、制限すると一部の機能が正常に動作しなくなる可能性があります。

データ形式

クラウドから配信されるコンテンツは、JSON形式で構造化されています。この中には、表示するメッセージ、画像のURL、アクションのリンク、表示条件などが含まれます。

{
  "contentId": "310093",
  "targetAudience": "consumer",
  "displayConditions": {
    "osVersion": "22H2",
    "userType": "standard"
  },
  "content": {
    "title": "新機能を試してみませんか",
    "description": "Windows の新機能で...",
    "actionUrl": "ms-windows-store://..."
  }
}
Code language: JSON / JSON with Comments (json)

設計思想の比較分析

Windows の変化を、より深く理解するために、設計思想の変遷を比較してみましょう。

Windows 7以前:スタンドアロン思想

Windows 7までのOSは、スタンドアロン(独立動作)を前提として設計されていました。

  • インターネット接続は「オプション」
  • OS機能は完全にローカルで完結
  • サードパーティソフトウェアとの明確な境界
  • ユーザーデータは完全にローカル管理

この時代のWindowsは、PCという「箱」の中で完結する世界でした。

Windows 10:クラウド統合の開始

Windows 10では、クラウド統合が本格的に始まりました。

  • Microsoft アカウントとの連携強化
  • OneDrive の標準統合
  • Windows Update の自動化
  • Cortana による音声アシスタント機能

しかし、この段階では従来のデスクトップ思想との併存状態でした。

Windows 11:サービスプラットフォーム化

Windows 11では、サービスプラットフォームとしての性格が明確になりました。

  • Teams の標準統合(後に削除)
  • Microsoft Store の改善
  • ウィジェット機能の追加
  • AI 機能の本格導入

この変化により、WindowsはOSというよりも「Microsoftサービスへの入り口」としての色合いが強くなりました。

AIエコシステムの形成

2024年以降、WindowsはAIエコシステムの中核として位置づけられています。

Agent Store の構築

Microsoftは「Agent Store」という概念を導入しました。これは、AI エージェントを配布・管理するプラットフォームです。現在70以上のエージェントが利用可能で、Microsoft 365 Copilot から直接アクセスできます。

エージェントには以下のような種類があります。

  • ナレッジアシスタント:文書検索と要約
  • マルチモーダルオーケストレーター:複数の AI 機能を連携
  • 専門分野特化型:法律、医療、教育など特定分野向け

マルチエージェントシステム

複数のAIエージェントが連携して、複雑なタスクを処理するシステムも構築されています。例えば、以下のような処理が可能です。

  1. 文書作成エージェントがメールの下書きを作成
  2. 校正エージェントが文法と表現をチェック
  3. 翻訳エージェントが他言語版を生成
  4. 配信エージェントが適切な宛先に送信

このようなワークフローが、ユーザーの操作なしで自動実行されます。

オンデバイスAIの拡充

プライバシー保護の観点から、可能な限りオンデバイス(ローカル)でAI処理を実行する方向に進んでいます。

Phi Silica:Microsoft が開発した小型言語モデルです。NPU上で動作し、テキスト生成や要約をローカルで実行できます。処理速度は最初のトークン生成まで70ミリ秒以下、継続的な生成では40トークン/秒を実現しています。

DeepSeek R1:2025年に追加された推論特化型モデルです。複雑な論理的思考をローカルで実行できます。

これらのモデルは、従来のクラウド依存型AIと比較して、以下の利点があります。

  • レスポンス時間の大幅短縮
  • プライバシーの完全保護
  • インターネット接続不要
  • 電力効率の向上

制御方法の実践

実際に通知を制御する方法を、段階別に説明します。

レベル1:基本設定

最も簡単な方法は、設定アプリからの制御です。

「設定 > システム > 通知 > 追加の設定」で、3つの項目をそれぞれオフにできます。また、「設定 > プライバシーとセキュリティ > 推奨とオファー」で、個人化されたオファーを無効にできます。

レベル2:詳細制御

より詳細な制御が必要な場合、以下のレジストリ値を編集します。

[HKEY_CURRENT_USER\Software\Microsoft\Windows\CurrentVersion\ContentDeliveryManager]
"ContentDeliveryAllowed"=dword:00000000
"FeatureManagementEnabled"=dword:00000000
"OemPreInstalledAppsEnabled"=dword:00000000
"PreInstalledAppsEnabled"=dword:00000000
"RotatingLockScreenEnabled"=dword:00000000
"SlideshowEnabled"=dword:00000000
"SoftLandingEnabled"=dword:00000000
"SubscribedContent-310093Enabled"=dword:00000000
"SubscribedContent-338388Enabled"=dword:00000000
"SubscribedContent-338389Enabled"=dword:00000000
"SubscribedContent-338393Enabled"=dword:00000000
"SubscribedContent-353694Enabled"=dword:00000000
"SubscribedContent-353696Enabled"=dword:00000000
"SystemPaneSuggestionsEnabled"=dword:00000000
Code language: JavaScript (javascript)

レベル3:ネットワークレベル制御

企業環境では、ファイアウォールで関連する通信を遮断できます。

遮断対象のドメイン:

  • settings-win.data.microsoft.com
  • v10.events.data.microsoft.com
  • watson.telemetry.microsoft.com

ただし、この方法は他の機能にも影響を与える可能性があるため、慎重な検討が必要です。

変化の本質的理解

Windowsで起きている変化は、単なる機能追加ではありません。コンピューティングのパラダイム変化を反映しています。

プラットフォーム戦略の転換

従来のMicrosoftは「Windows」「Office」「Server」という個別製品を販売する企業でした。現在は「Microsoft 365」「Azure」「Dynamics」という統合プラットフォームを提供する企業に変化しています。

Windowsは、この統合プラットフォームの「フロントエンド」として位置づけられています。そのため、他のMicrosoftサービスとの連携が積極的に推進されているのです。

サブスクリプションモデルの浸透

ソフトウェア業界全体で、買い切り型からサブスクリプション型への移行が進んでいます。この変化により、継続的な顧客エンゲージメントが重要になりました。

通知や提案は、この継続的エンゲージメントを実現する手段です。ユーザーに新機能を知ってもらい、追加サービスを利用してもらうことで、長期的な関係を構築しています。

データ駆動型開発の採用

現代のソフトウェア開発では、ユーザーの行動データを分析して継続的に改善する手法が主流です。Windows もこの手法を採用しており、テレメトリデータを基に機能改善を行っています。

通知システムも、この データ駆動型開発の一環です。どの通知が効果的か、どのタイミングが最適かを継続的に分析し、改善しています。

技術標準化への影響

WindowsのクラウドファーストへSUの変化は、業界全体の技術標準にも影響を与えています。

Web技術の活用拡大

Windows 11では、Web技術が積極的に活用されています。

WebView2:Microsoft Edge の Web エンジンを利用したアプリケーション開発フレームワークです。これにより、Web技術でネイティブアプリケーションを開発できます。

PWA(Progressive Web App)サポート:Web アプリケーションを、ネイティブアプリのようにインストール・実行できます。

WebNN(Web Neural Network):Web ブラウザー上でニューラルネットワークを実行するためのAPIです。NPUアクセラレーションにも対応しています。

クロスプラットフォーム統合

Microsoft は、Windows 以外のプラットフォームでも一貫した体験を提供しようとしています。

Microsoft 365 アプリ:iOS、Android、macOS でも同様のAI機能が利用できます。

Microsoft Graph:異なるプラットフォーム間でのデータ連携APIです。

Azure Active Directory:統一された認証・認可システムです。

これらの技術により、デバイスやOS の違いを超えた統合体験が実現されています。

まとめ

Windows 11の通知設定の変化は、Microsoftの設計思想が「ローカルOS」から「クラウドサービスプラットフォーム」へと根本的に転換したことを示しています。

技術的には、ContentDeliveryManagerによるクラウド連携、NPUを活用したオンデバイスAI、WebView2などのWeb技術統合が進んでいます。UI設計においては、従来のデスクトップアプリケーション文法から、Webサービス的な継続的エンゲージメント文法に変化しました。

この変化により、ユーザーは個人化された提案や継続的な機能改善の恩恵を受けられる一方、プライバシーや制御性について新たな課題も生まれています。適切な設定により、個々のニーズに応じた最適なバランスを見つけることが重要です。