マーケティングの根本的な変化が起こっている
マーケティングの世界で大きな変化が始まっています。従来のB2C(企業から顧客へ)という直接的なアプローチが、AI(人工知能)の普及によって根本から変わろうとしているのです。
これまで企業は、様々な広告やメディアを通じて顧客に情報を届けてきました。しかし、AIが普及する時代では、企業と顧客の間にAIが立ちはだかる形になります。まるで執事が主人を守るように、AIが顧客の前に立って情報をフィルタリングするのです。
マーケティングの二極化:AIルートとファンルート
マーケティングは今後、AIルートとファンルートの2つに収束していきます。
- AIルートは機械的で論理的なアプローチです。
透明性、一貫性、評判という3つの要素で信頼を獲得し、機能価値を中心に顧客にアプローチします。これは誠実さが求められる道です。 - ファンルートは人間的で感情的なアプローチです。
情緒価値や未来価値を重視し、ファンとの深い関係性を築きます。これはファンベース戦略の道です。
この2つのルートは相乗効果を生み出します。誠実な企業活動によってAIに推薦されやすくなり、同時にファンにもなってもらいやすくなります。逆に、ファンの評価が高まることで、AIの推薦候補に入りやすくなります。
どちらのルートにも共通することは、情報が飽和した社会において、人間は「選びたくない」ということ。誰かに決断を代替してもらうか、行きつけをもつか、友だちの口コミに頼るか、ということ。
従来のマーケティング手法の運命
AI時代の到来により、従来のマーケティング手法は大きく変わります。不特定多数向けのマス広告や、注意を引くだけの広告、迷惑系の広告は効果を失います。特に迷惑系の広告は、AIに嫌われて推薦されなくなるリスクが高まります。
一方で、ファンが喜ぶようなCMやアプローチ、物語性のあるコンテンツ、コミュニティ的な施策は、むしろ効果が高まります。ただし、AI時代に適応したカスタマイズが必要になります。
AIが「門番」として立ちはだかる新しい構造
現在、ChatGPTなどの生成AIに「1万円台で機能が優れたランニングシューズを教えて」と質問すると、4つか5つの候補しか提示されません。実際にランニングシューズのブランドは100以上存在するにも関わらず、です。
これは何を意味するでしょうか。AIが推薦する数少ない候補に入らなければ、その他の97のブランドは消費者から完全に見えなくなってしまうのです。
AIエージェントがさらに進化すると、個人の健康データや趣味、使用目的を把握した上で、より精密な推薦を行うようになります。膝を痛めている人には膝に優しいシューズを、環境意識の高い人には環境配慮型の商品を提案するでしょう。
SEO時代との違いは絞り込み
従来のSEO時代と現在のAI時代では、マーケティング環境に決定的な違いがあります。
- SEO時代では、検索結果の上位10位程度が実質的にユーザーの選択肢となり、複数ページにわたって情報を比較検討することも可能でした。しかしAI時代では、AIが3-5個の候補のみを提示するため、選択肢が劇的に減少しています。これは「100のブランドから10を選ぶ」状況から「100のブランドから3を選ぶ」状況への根本的な変化です。
- さらに重要なのは判断基準の変化です。SEO時代の成功要因は「被リンク数」「コンテンツの質」「サイト表示速度」など主に技術的・量的な指標でした。一方、AI時代では「透明性」「一貫性」「評判」という、より本質的で倫理的な基準が重視されます。AIはユーザーの安全を最優先するため、怪しい商品や一貫性のない企業活動を持つブランドは、どれだけSEOテクニックを駆使しても推薦候補から除外されてしまうのです。
この変化により、小手先のテクニックではなく、企業の根本的な誠実さが問われる時代になったと言えるでしょう。
AIを使わない人も結局はAI経由になる
AIを直接使わない人でも、間接的にAIの影響を受けるようになります。「あなたのAIは何と言っているの?」と息子や娘、友人に聞くことで、結果的にAI経由で情報を得ることになります。
さらに、スマートフォンの普及率が98%に達した現在、AppleのSiriやGoogleアシスタント、LINEのAI機能など、知らず知らずのうちにAIを使っている状況です。
AIに選ばれるための「誠実な道」
AIに選ばれるためには、まず信頼できる企業であることが前提となります。AIは主人(ユーザー)のリスク回避を最優先するため、怪しい商品や危険な商品を排除します。
信頼される企業の条件は主に3つです。
- まず透明性です。
製品情報、原材料、原産地、製造工程、企業の倫理規定など、重要な情報がすべて開示されている必要があります。食物アレルギーを持つ人にとって成分の完全開示が必要不可欠なように、消費者の安全を守るための情報公開が求められます。 - 次に一貫性です。
企業理念と実際の活動が矛盾していないかをAIは厳しくチェックします。「環境に優しい」と謳いながら大量のCO2を排出していたり、「人を大切にする」と言いながら離職率が高かったりすると、信頼を失います。 - 最後に評判です。
実際の使用者からの口コミや評価、顧客満足度など、第三者からの評価をAIは重視します。ファンサイトやコミュニティでの評判も参照されます。
SEOアルゴリズムとの関連
ただし、現時点では「AIに選ばれる」というのは多くの場合、従来のSEOによる検索順位の結果を反映している可能性が高いです。
現在のChatGPTやBardなどの生成AIが商品推薦を行う際、その情報源は主に:
- 検索エンジンの上位結果からの情報収集
- 学習データに含まれた既存のウェブ情報(これも結局は検索で上位だったコンテンツ)
- レビューサイトや比較サイトの情報(これらも検索上位に表示されるサイト)
つまり、「AIが推薦する3-5の候補」は、結果的には「SEOで上位表示された商品の中からさらに絞り込まれた選択肢」である可能性が高いのです。むしろ「SEOで上位表示 + AIによるさらなる絞り込みを突破」という二段階の競争になったと見る方が正確かもしれません。
「透明性・一貫性・評判」も、結局はSEOの評価要因(E-A-T:専門性・権威性・信頼性)と重複する部分が多いですね。
虚偽の評判操作は大きなリスクに
AIの時代では、偽の口コミや不正なインフルエンサーマーケティングは極めて危険です。AIは大量のデータを分析できるため、28人のインフルエンサーが同じPR会社所属で、3時間以内に87%類似した文章で投稿していることなどを簡単に見抜いてしまいます。
一度不正が発覚すれば、AIはそのブランドを二度と推薦しなくなる可能性があります。短期的な利益を狙った不正行為は、長期的には大きな損失につながるのです。
AIに選ばれない企業の新しい道:ファンルート
AIの推薦候補に入れない企業はどうすればよいでしょうか。答えはファンを大切にすることです。
従来のマス広告による不特定多数へのアプローチは、情報量の爆発的増加により効果が薄れています。YouTubeだけでも毎分500時間分の動画がアップロードされ、1日分の動画を見るだけで82年かかる計算です。このような状況で、興味のない商品の広告に消費者が注目する可能性は極めて低くなっています。
しかし、ファンは違います。Appleのファンであれば、Appleのサイトを頻繁に訪問し、新製品情報を積極的に収集します。企業からファンへの情報発信は確実に届き、ファンから企業への情報取得も活発に行われます。これがB to F(企業からファンへ)、さらにはB with F(企業とファンの協働)という新しい関係性です。
ファンが持つ6つの圧倒的な力
ファンがAI時代に重要な理由は6つあります。
- 第一に、指名買いが可能です。
AIが推薦する3つの候補の中に好きなブランドがあれば、迷わずそれを選びます。好きなブランドがなければ、AIに直接そのブランドについて質問します。 - 第二に、リピート購入や継続的な購入が期待できます。
ファンは長期的な顧客となります。 - 第三に、AIの推薦候補に入りやすくなります。
ユーザーがあるブランドのファンだとAIが認識すれば、次回からそのブランドを優先的に候補に入れるようになります。 - 第四に、友人への推薦が起こります。
ファンは周囲の人に自分の好きなブランドを熱心に勧めます。 - 第五に、友人からの推薦を受けやすくなります。
AIの論理的な推薦よりも、友人の感情のこもった推薦の方が人の心を動かす力が強いからです。 - 第六に、売上の大半を支えます。
パレートの法則に従い、少数のファンが売上の大部分を占めることになります。
若者向けマーケティングの意外な真実
興味深いデータがあります。NHKの調査によると、Z世代が最も信頼する相談相手は母親です。何かを購入する際も、Z世代の女性は圧倒的に親に相談します。
これは若者向けマーケティングに重要な示唆を与えます。若者にアプローチしたければ、実は親がファンになることが効果的なのです。親がファンとなってその商品を子供に推薦すれば、子供は高い確率でその推薦を信頼します。
新しい時代への適応が急務
AI時代のマーケティングは、機械的な論理と人間的な感情の両方を理解し、活用することが重要です。AIルートでは誠実さを追求し、ファンルートではファンベース戦略を展開する。この二極化した戦略こそが、変化する市場環境で生き残るための鍵となります。