Claudeを開いたら、こんなポップアップが表示されました。

「Claudeが記憶できるようになりました」
「メモリーには、Claudeとのすべてのチャット履歴が含まれます」
この説明を見て、「チャット内容を全部 記憶すると、プライバシーも心配だし、コンテキストウィンドウを圧迫したりもしないのかな?」と思いました。
「メモリー」とコンテキストウィンドウ
急に「メモリーを使用」するかという選択肢が表示されたので、いったん「メモリーを使用しない」を選択しました。


というのも、コンテキストウィンドウへの影響を懸念したからです。
生成AIのコンテキストウィンドウには限りがあります。
Claudeとの会話が増えれば増えるほど、「すべてのチャット履歴」は膨大になります。それを毎回参照するとなると過去の履歴で埋め尽くされ、肝心の今の会話に使えるトークンが減ってしまう。そう考えたからです。
メモリー≠全チャット履歴
とはいえ、そんな非効率な実装をするとは思えません。
公式情報によると、「メモリー機能」で毎回読み込むデータサイズは、数百トークン程度とのこと。
どうして、数百トークンとは、全チャット履歴と比較すると、圧倒的に小さいです。
実は、メモリー機能では、「全チャット履歴を毎回読み込んでいる」のではありません。
「メモリーサマリー」という、過去の会話から重要な情報だけを抽出して、小さなテキストファイルとしてまとめたものを読み込む機能なのです。
メモリーを有効化すると、Claudeが会話を開始するとき、こんな流れで動きます。
- システムプロンプトを読み込む
- カスタムプロンプト(ユーザー設定)を読み込む
- メモリーサマリーを読み込む ← ここ
- 現在の会話を処理する
実際のメモリーサマリーは、こんな感じの構造化されたテキストです1。
【Role & Work】
- ソフトウェアエンジニア
- TypeScript/React使用
- 5年の経験
【Current Projects】
- ECサイトのリニューアル(2025年12月リリース予定)
- Stripe統合作業中
- パフォーマンス改善が課題
【Preferences】
- 結論ファーストの説明を好む
- コードには詳細なコメント必須
- TypeScript推奨
コンピュータが情報を記憶しているというと、すべて会話の全文を記憶して回答するように感じます。
しかし、この「メモリー」機能は、ユーザーの目的や好みを整理して記憶しているだけなんですね。
過去チャット検索ツールとメモリーサマリー
「Claudeが記憶できるようになりました」という話は、公式ドキュメントを読んでみると、2つの機能の説明が合わさっていることがわかりました。
ここを区別する必要があります。
- メモリーサマリー
- 過去チャット検索ツール
もう1つの機能は、conversation_searchとrecent_chatsという検索ツールです。
これらは過去の会話内容を検索して取得する機能です2。
つまり、「3週間前に話したあの話題、何だっけ?」というときに、Claudeが過去のチャット履歴を検索して見つけてくれる。
これは確かに「すべてのチャット履歴にアクセス」しますが、インターネット検索などと同じで、必要に応じて読み込むものです。
AIの「設定ファイル」としてのメモリーサマリー
つまり、メモリー機能は、カスタムプロンプト(個人設定)の自動生成版みたいなものです。
Claudeには、以前からユーザーが自分の作業スタイルを書き込める「カスタムプロンプト」機能がありました。

個人設定に書いたカスタムプロンプトは、すべての会話に適用されます。
これは、アプリケーションソフトの設定ファイルに近いです。
例えば、VSCodeならsettings.jsonという設定ファイルがあります。
{
"editor.tabSize": 2,
"editor.formatOnSave": true,
"files.exclude": {
"node_modules": true
}
}
Code language: JSON / JSON with Comments (json)
エディタが起動するときに毎回読み込まれて、その動作を調整します。
Claudeのメモリーサマリーも、まさにこれと同じです。
毎回読み込まれて、Claudeの応答スタイルを調整する。
だから、数百トークン程度という小さな分量で済むのです。
メモリーとカスタムプロンプトの違い
カスタムプロンプトとメモリーは、同じように読み込まれますが、大きな違いがあります。
それは、メモリー機能は自動的に追加される情報だということ。
- カスタムプロンプト:手動で記述、変わらない好み
- メモリー:自動で抽出、進行中のプロジェクト情報など
ここで重要なのは、カスタムプロンプトはある程度AIに慣れていないと、「空白のテキストボックスに何を書けばいいの?」と、うまく使いこなしていないケースが多いことです。
一方、メモリー機能は設定不要です。ONにして普通に会話するだけで、自動的に学習していきます。つまり、メモリー機能は、カスタムプロンプトの恩恵をより多くのユーザーに使ってもらうための工夫だと言えます。
また、両者の違いを表にするとこうなります。
| 項目 | カスタムプロンプト | メモリー |
|---|---|---|
| 作成方法 | 手動 | 有効化で自動生成 |
| 更新 | 手動編集 | 自動的に追加・修正 |
| 内容 | 静的な好み | 動的な文脈 |
| 適用範囲 | 全体 | プロジェクト別 |
つまり、カスタムプロンプトは「取扱説明書」で、メモリーは「現在の状況レポート」なんです。
「記録」と「記憶」の違い
ここで、区別しておきたい言葉があります。
それは、「記録」と「記憶」です。
日常会話で「覚えている」と言うとき、2つの意味があります。
- 記録:どこかに保存されている
(「日記に書いてあるから覚えている」) - 記憶:今思い出せる状態
(「頭の中で覚えている」)
これまでのコンピュータでは、(A)を「ストレージ」、(B)を「メモリー」といって区別していました。コンピュータは、ストレージの保存されたデータファイルをメモリーに読み込んで、操作・編集をしてからストレージに保存し直す、というのが主な処理の流れです。
ストレージとコンテキスト
しかし、AI技術では少し意味合いが変わりますが、同様の区別があります。
Claudeのシステムには、実は3つの層があります。
- Layer 1:永続ストレージ
- Layer 2:メモリーサマリー
- Layer 3:現在のコンテキスト
確かに、すべての会話履歴は、「記録」としてデータベースに保存されています(永続ストレージ)。
ただし、チャットごとにコンテキストが切り替わるため、別のチャットでは「ないもきとして」回答されます(現在のコンテキスト)。
そのため過去の会話を継続したい場合には、これまでユーザーが内容をコピーしたりして、新しいチャットに入れる必要がありました。
これからは、過去チャット検索ツールが組み込まれているので、インターネット検索のように、必要に応じて読み込めるようになりました。
メモリーサマリーは、永続ストレージと現在のコンテキストをつなぐ役割です。
過去の会話から抽出したプロファイル情報を毎回のコンテキストの初期化時点で読み込み直します。
そして会話の中で新しい情報が出てくると、Claudeがメモリーサマリーを更新します。
用語の混同が生む誤解
「Claudeの記憶に、すべてのチャット履歴が含まれます」という説明は、この記憶場所の区別がないためやや誤解を招きます。
- ユーザーの理解:チャット全文が「メモリ」機能に入って、毎回参照される
- 実際の仕組み:チャット全文はこれまで通りデータベースに記録され、参照されるのは要約のみ
この区別が説明されていないから、混乱が生まれます。
シンプルな仕組みと透明性
メモリー機能は、技術的にはかなりシンプルです。
公式ドキュメントによると、Anthropicは「透明なファイルベースのアプローチ」を選択したとのこと3。つまり、基本的には、テキストの連結と読み書きだけ。
極端に単純化すると、こんな疑似コードで表現できます。
def chat_with_memory(user_message):
# メモリーファイルを読み込む
memory = load_memory() # 数百トークン
# プロンプトを構築
prompt = f"""
{SYSTEM_PROMPT}
User Profile:
{memory}
User Message:
{user_message}
"""
# Claude APIを呼び出す
response = call_claude_api(prompt)
# 必要に応じてメモリーを更新
update_memory(memory, user_message, response)
return response
Code language: PHP (php)
ベクトルデータベースとテキストデータの透明性
多くのRAG(Retrieval-Augmented Generation)システムで「ユーザーのための学習」を実現するには、こんな技術が使われます。
- ベクトルデータベース
- 埋め込みモデル
- 意味検索エンジン
Anthropicがあえてシンプルな方式を選んだのは、透明性とユーザーコントロールです。
ベクトルデータベースのような複雑なシステムだと、「中で何が起きているか」が見えません。それは不安を招きます。
一方、シンプルなテキストファイルなら、誰でも理解できます。設定画面から、メモリーサマリーの全内容を確認できるため、「AIが何を覚えているか分からない」という不安がありません4。
オプトイン方式
メモリー機能には、ほかにもプライバシーへの配慮がいくつかあります。
メモリー機能はデフォルトでオフだいうこと5。
ユーザーが明示的に「メモリーを使用」を選ばない限り、何も記憶されません。

そして、気に入らない情報は削除できます。
センシティブ情報とIncognitoモード
公式によると、メモリー機能は、健康情報や個人的な悩みなど、センシティブな話題は意図的に記憶しないようになっています6。
さらに、Incognitoチャットという機能もあります。
このモードでの会話は、履歴にもメモリーにも保存されません7。
文脈なしで相談したいときに使えます。
ブラウザのプライベートモードのようなものですね。
プロジェクト分離
また、Claudeには「プロジェクト」という機能があります。
各プロジェクトは、独立したメモリーを持ちます8。
つまり、プロジェクト機能を使っていれば、プロジェクトAの情報がプロジェクトBで使われることはありません。
仕事の案件と個人的な会話を、完全に分離できるわけです。
説明文の簡略化と技術の「魔術化」
ただし、メモリー機能の仕組みを最初に見たポップアップの説明から理解するのは難しいです。
「メモリーには、Claudeとのすべてのチャット履歴が含まれます」
これは、技術的な実装とは違う印象を与えます。
「すべてのチャット履歴が含まれます」と聞くと、こう思いますよね。
- 会話の全文が保存される
- 毎回それが参照される
- 膨大なデータが蓄積される
でも実際は違います。
- 要約された情報のみ(数百トークン)
- プロファイル情報の抽出
- 全文保存ではない
この説明では、両方の機能(過去チャット検索とメモリーサマリー)が混同されているように見えます。
もしこの機能を正確に説明するなら、こんな感じでしょうか。
Claudeは、あなたの好みやプロジェクト情報を要約して記憶します。会話の全文ではなく、重要な情報だけをコンパクトにまとめます(約200〜300トークン)。設定からいつでも確認・編集できます
なぜこうなったのか(クラークの第三法則)
SF作家アーサー・C・クラークの有名な言葉があります。
十分に発達した技術は魔法と区別がつかない
おそらく、複雑な仕組みを説明するのが大変だからです。
しかし、簡略化しすぎると不正確になってしまいます。
これは「AI技術の魔術化」とでも呼ぶべき現象だと思います。
このような「神秘的な説明」が横行すると、ユーザーにとっては問題です。
何をしているか分からないまま、AIを使用することになるからです。
- AIが完璧に記憶すると期待して、実際は違って失望する。
- 高度な技術で監視されていると思って、不要にプライバシーを心配する。
- コンテキストを圧迫すると思って、利用を控える。
- 動作がおかしいときに対処できない。
過度な期待や根拠のない不安が増えてしまい、専門家しか扱えなくなってしまいます。
企業側は機能を「魔術化」したい
また企業側のマーケティング担当者は、新機能に「より魅力的な説明」をしようと考えます。
「テキストファイルを追加します」では地味で、「AIが記憶します」なら革新的に聞こえるからです。
せっかく新機能を追加しても、「設定ファイル機能」なら無料でも当然だと考えられてしまいます。「AI メモリー機能」なら革新的な機能としてPro限定で納得されわけです9。
興味深いのは、Anthropicの技術選択と説明の矛盾です。
エンジニアリングチームはユーザーにわかりやすい技術選択をしたのに、マーケティングではより魅力的な表現選択してしまった、そんな印象を受けます。
まとめ
AIサービスを使うとき、その裏で何が起きているかを理解することも大切だと思います。理解すれば、不要な不安は消えます。過度な期待もしなくなります。そして、技術の本当の価値が分かります。
AIサービスを使うとき、「魔法」として受け入れるだけでなく、「どんな仕組みなんだろう?」と疑問を持ってみてください。調べてみると、意外とシンプルで、理解できるものだったりします。
- メモリーサマリーは「Role & Work」「Current Projects」「Personal Content」などのカテゴリーに分類されて保存されます。例えば、実際の保存例として「Mountain View Healthcareの12病院ネットワークでデジタル戦略をリードする医療変革コンサルタント」「2026年春に日本旅行を計画中」といった情報が挙げられています。 – Claude’s New Memory Feature Elevates AI Personalization
- Claudeのメモリー機能は2つのツール関数として実装されています。
conversation_searchは過去の会話をキーワードで検索し、recent_chatsは最近の会話を時系列で取得します。 – Comparing the memory implementations of Claude and ChatGPT - Anthropicは複雑なベクトルデータベースや意味検索を使うRAGシステムではなく、透明なファイルベースのアプローチを選択しました。メモリーはMarkdownファイル(CLAUDE.md)として実装され、ユーザーが直接確認・編集できるようになっています。 – Claude Memory: A Deep Dive into Anthropic’s Persistent Context Solution
- Claudeはメモリーサマリーを使って、すべての記憶を1か所にまとめて表示します。設定画面で、Claudeが会話から何を記憶しているかを正確に確認でき、いつでも会話を通じてサマリーを更新できます。これは他のプラットフォームで見られる「曖昧な要約」ではなく、「実際の合成内容」です。 – Bringing memory to teams | Claude
- メモリーは完全にオプショナルで、細かいユーザーコントロールを提供します。デフォルトではOFFになっており、ユーザーが明示的に有効化する必要があります。 – Bringing memory to teams | Claude
- メモリーは新しい安全性の考慮事項をもたらすため、Anthropicは仕事の設定で有用になるよう機能を設計し、センシティブな会話やトピックを避けるようにしました。 – Bringing memory to teams | Claude
- Incognitoチャットは、メモリーを使用または追加せずにClaudeのヘルプを得られる機能です。機密のブレインストーミング、秘密の戦略議論、または単に以前のチャットからの文脈なしで新鮮な会話をしたいときに最適です。通常のメモリーと会話履歴は影響を受けません。 – Bringing memory to teams | Claude
- プロジェクトを使用している場合、Claudeは各プロジェクトに対して独立したメモリーを作成します。これにより、製品発表の計画がクライアント作業とは別に保たれ、機密の議論が一般的な業務から分離されます。 – Bringing memory to teams | Claude
- メモリー機能は2025年9月にTeamとEnterpriseプランユーザー向けにロールアウトされ、その後10月にProとMaxサブスクライバーに拡大されました。Anthropicは、これらの強力な機能が責任を持って展開されることを保証するため、段階的なアプローチを取り、様々な使用方法でのメモリーの動作を評価・テストしてから利用可能性を拡大しています。 – Bringing memory to teams | Claude / Anthropic Brings Automatic Memory to Claude Pro and Max Users