SNSの問題として「不正確な情報が流れる」という指摘はよく聞きます。
しかし、より根が深い問題は別のところにあります。
不正確な情報が流れることそのものより、流れた後に訂正が効かなくなること、そちらのほうが社会にとって深刻です。
1. 情報流通の自浄作用(反証可能性)
情報が健全に流通する場では、ある経路が機能しています。
情報が出る、疑問が呈される、根拠が検証される、理解が更新される、という順です。
この経路が一通り動けば、誤情報は自然に修正されていきます1。
SNSにもこの経路は存在します。
問題は、この経路を意図的ではなくとも妨害する言葉の使い方が広まっていることです。
そしてその言葉は、外から見ると批判的思考の語彙をまとっています。
2. 三つのパターン
2.1. 選択的懐疑
反対側の証拠にだけ「本当に信頼できる情報源なのか」「サンプルが偏っていないか」と疑問を向け、自分が支持する側の根拠は同じ強さで疑わない態度があります。
「疑う」という行為は、それ自体では知的に誠実に見えます。
しかし、疑いが一方向にだけ向くなら、それは批判的思考ではなく陣営防衛です2。
懐疑の語彙を使いながら、実質は特定の結論を守るために理由を後から選ぶ、という動き方になっています3。
2.2. 偽の均衡
検証済みの情報と、根拠が薄い主張を、「AともBとも言われています」と並列する形があります。
「両方の意見を尊重すべきだ」という表現が、この形に伴いやすいです。
両論を示すこと自体は問題ではありません。
問題は、根拠の量と質に明確な差があるときに、その差を無視して並べることです。
読者には「判断が難しい問題」として映るため、訂正情報の力が半減します4。
この状態を「偽の均衡(false balance)」と呼びます5。
嘘をついているわけではない。
しかし、強弱がある情報を同じ重みとして提示することで、検証の結果を実質的に無効化しています6。
2.3. 訂正の再解釈
もっとも巧妙なパターンが、訂正そのものを異論扱いにすることです。
ファクトチェックの結果が出たとき、「それも一つの見方ですよね」「研究者にも意見の違いがある」という返しをすると、訂正は「多数ある解釈のうちの一つ」に格下げされます7。
訂正と意見は別物です。
観測データや物理法則は、誰かの見方ではなく、今現在もっとも根拠の強い記述です。
それを「見方の一つ」に並べてしまえば、検証という行為そのものに意味がなくなります。
3. なぜこれが知的不誠実なのか
嘘をつくこととは違います。
「火星人が攻めてきた」とは言っていない。
しかし、真偽を確認するプロセスを妨害する点で、結果は嘘と変わらないか、場合によってはより悪いです。
嘘は反証できますが、「その反証も一つの意見だ」という構えは反証不可能にする方向に働くからです。
こうした語り方が知的不誠実と言えるのは、批判的思考の作法を表面上なぞりながら、その目的——根拠に基づいて理解を更新すること——を内側から崩すからです8。
道具が形だけ残って、機能が逆転しています。
3.1. オーディエンスが見分けられないと何が起きるか
論争は当事者同士で完結しているわけではありません。
古代の法廷や議会でも、弁論の最終的な審判は傍聴席にいる人たちでした9。
SNSも同じで、発信者と返信者のやり取りを見ている多数の人たちが、最終的にその情報の影響を受けます10。
見ている人たちが選択的懐疑と公正な懐疑を区別できなければ、断言が強いほど、嘲笑が鋭いほど、「説得力のある議論」として受け取られます。
偽の均衡が慎重さとして映れば、訂正情報は権威主義的な主張に見えます。
こうなると、発信者の語り方の問題だけでなく、受け手のリテラシーの問題と不可分になります。
受け手が形式と実質を区別する目を持っていない環境では、知的に不誠実な語り方のほうが有効に機能してしまいます。
3.2. 本物の懐疑主義との違い
本物の懐疑主義は、自分の側にも同じ基準を向けます。
相手の根拠には「これは信頼できる情報源か」と問い、自分の根拠にも同じことを問う。
相手の主張には「別の解釈はないか」と考え、自分の主張にも同じことを考える11。
加えて、判断を永久に保留することとも違います。
新しい根拠が出るまで暫定的に結論を出す、その結論は修正しうる、という姿勢です。
「どちらとも言えない」で止まることは、慎重さではなく、判断の回避です。
自分の立場を点検するとき、一つだけ問いかけるとすればこれです。
「自分が相手の主張に向けている疑いと、同じ強さの疑いを、自分の主張にも向けているか」。
この非対称が崩れているとき、批判的思考の語彙は、自浄作用を促すものではなく、妨害するものとして働きます。
4. おわりに
SNSにおける情報の問題は、悪意ある発信者だけを取り除いても解決しません。
批判的思考の形だけを借りた語り方が有効に機能する環境が続く限り、不正確な情報は訂正されないまま残り続けます12。
変える必要があるのは、選択的懐疑と公正な懐疑を区別する目、根拠の強弱を見る目、訂正と異論を分ける目です。
これは発信者だけでなく、読む人、拡散する人、論争を見ている人すべてに求められます。
リテラシーという言葉が、その目的に反する形で使われているとしたら、それを指摘することもリテラシーの一部です。
- SNSでは、エンゲージメントを指標としたアルゴリズムが感情的なコンテンツ、とりわけ怒りを含む投稿を優先表示することが実験的に示されている。Twitterのアルゴリズムを対象にした無作為化実験では、エンゲージメント基準の表示がユーザーの怒り感情を統計的に有意に増加させることが確認されており(0.47標準偏差、p<0.001)、この構造が自浄作用を阻害する一因となっている。 – Engagement, User Satisfaction, and the Amplification of Divisive Content on Social Media
- 自分の既存の信念を確認する情報を優先的に探し、反する情報を軽視する傾向は確証バイアス(confirmation bias)と呼ばれる。認知科学・心理学の分野で広く研究されており、複雑な問題については反証情報を提示された後も信念が変わりにくい例が多く確認されている。 – Confirmation Bias | Britannica
- 望む結論が先にあり、それを支持するために推論を後から選ぶ傾向を動機づけられた推論(motivated reasoning)という。研究者Kunda(1990)は、人が望む結論に向かうとき、確認する証拠を探し、反する証拠には高い水準を求めることを示した。自分が客観的に推論していると感じる点が、この傾向を訂正しにくくする。 – Motivated Reasoning | The Behavioral Scientist
- ジャーナリズム研究では、科学的コンセンサスが確立している問題(ワクチンの安全性、人為的気候変動など)に対して反対意見を同等に扱う報道が、読者に問題が未解決であるかのような誤認を生む事例が記録されている。有力な科学的見解を持つ一方の側と少数の異論者の声を同じ比重で報じることは、正確な情報提供ではなく偏りの一形態とみなされる。 – False balance | Association of Health Care Journalists
- 偽の均衡(false balance)またはbothsidesismとも呼ばれ、証拠の強さに差があるにもかかわらず対立する意見を同等に扱うメディアバイアスと定義される。根拠に乏しい主張や支持が限られる立場に見かけの正当性を与えることになり、誤情報の一因とされている。 – False balance | Wikipedia
- 学術誌Epistemeに掲載された論文は、ジャーナリズムにおける均衡への追求が「偽の均衡」に変質する危険性を論じており、気候変動報道において「人為的気候変動の支持者と懐疑論者の見解が同等の証拠に支えられているかのように提示される」事例を典型として挙げている。証拠の強さが実質的に異なる立場を同等の認識論的地位(epistemic standing)として扱うことが問題の核心とされる。 – The epistemic dangers of journalistic balance | Cambridge University Press
- SNS上での誤情報訂正の困難さは複数の研究で示されている。ある研究では、誤情報が論駁されたコメントが付いた後も再拡散の51.9%が訂正後に生じていたことが確認されている。また、強い先入観を持つ人に訂正情報を提示しても信念の修正が起きないだけでなく、逆効果(backfire effect)になる場合があることも指摘されている。 – An Exploratory Study of COVID-19 Misinformation on Twitter
- 知的不誠実(intellectual dishonesty)とは、嘘をつくこととは同一ではなく、あらかじめ決めた結論を守るために事実・論理・証拠を操作することと定義される。証拠の選択的な採用、藁人形論法、偽の均衡、動機づけられた推論などがその具体的な形態として挙げられる。こうした手法の特徴は、外形上は理性的な議論の形をとる点にある。 – Intellectual Dishonesty: Recognizing and Combating Deceptive Reasoning | Neurolaunch
- アリストテレスの『弁論術』(紀元前4世紀)は、弁論術を「どんな場合でも、そのそれぞれについて可能な説得の方法を見つけ出す能力」と定義し、議会弁論・法廷弁論・演説弁論の三種を区別した。アリストテレスにとって弁論の目的は聴衆(オーディエンス)を論理(ロゴス)・感情(パトス)・人柄(エートス)への訴えによって説得することにあり、論争の帰結は当事者同士ではなく聴衆の判断が決すると位置づけられた。 – 弁論術 (アリストテレス) | Wikipedia
- オンラインコミュニティの参加形態には「90-9-1ルール」と呼ばれる傾向が観察されており、約90%のユーザーは閲覧のみで投稿しない(lurker)、約9%は時折反応する、残り約1%がコンテンツの大部分を生成するとされる。SNS上で表明されている意見が「多数派の声」を代表しているとは限らないことを示す知見であり、沈黙する多数派の存在は議論の実態把握を難しくする。 – Participation Inequality: The 90-9-1 Rule for Social Features | Nielsen Norman Group
- 相手の主張を歪め、弱めた形に作り替えて批判する論理的誤謬は藁人形論法(straw man fallacy)と呼ばれる。対立する概念として「スティールマン(steelmanning)」があり、相手の主張をもっとも強い形で理解した上で向き合うことが誠実な議論の作法とされる。藁人形論法はSNS上の論争でも頻繁に観察され、本来の主張ではなく歪めた版に反論することで「論破」の印象だけを作り出す手法として機能する。 – What Is Straw Man Fallacy? | Scribbr
- 複数の研究が、SNS上での誤情報の訂正効果には構造的な限界があることを示している。訂正が誤情報の影響を減じるかどうかは対象となる読者の特性や訂正のタイミングによって異なり、ファクトチェック機関が誤情報の量と拡散速度に対処しきれないという問題も指摘されている。 – Network segregation in a model of misinformation and fact checking | arXiv