パート分けアプリ、
MoisesとExtrackはどこが違うのか

  • MoisesとExtrackはどちらも楽曲のパート分けができるスマホアプリですが、処理をクラウドでやるか端末内でやるかという設計がまるで違います。
  • 無料で試せる範囲は数字だけ見ると似ていますが、Moisesは1ファイル5分という長さの制限まであり、体感の窮屈さがかなり違います。
  • 書き出しができるかどうかで、練習用途と制作用途にはっきり分かれます。
  • 課金ポイントを見ると、Moisesは処理量に応じた従量的な設計、Extrackは機能拡張型の設計になっています。

たとえば、バンド練習の音源からベースだけ抜き出す、パート分けアプリがあります。
「ボーカル抜きで演奏したい」「このギターのフレーズだけ聴きたい」という場面は、楽器をやっていると意外と多いです。

その中で気になったのが、MoisesとExtrackという二つのアプリでした。

ざっくり言えば、Moisesは、強化学習したAIによる音源分離です。
一方、Extrackは、周波数帯の解析による音源分離です。

学習精度にもよりますが、設計上は、Moisesの方が、複雑な音声の分離に適しています。

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1. パート分けの仕組みがそもそも違う(ステム分離)

1. パート分けの仕組みがそもそも違う(ステム分離)

どちらのアプリも、曲をボーカルやドラム、ベースなどの楽器パートに分解する機能を持っています。
これは、ステム分離(stem separation:曲を楽器パートごとの音源に分ける処理)と呼ばれる技術です。

ただ、この分離をどんな仕組みで行っているかが、MoisesとExtrackでは違います。

  • Moisesは、公式サイトや研究発表で、ニューラルネットワーク(neural network:人間の神経回路の仕組みを模したAIの計算モデル)を使った分離だと明言しています。
    大量の楽曲データを学習させ、混ざった音から各パートを推定する、いわゆる深層学習の手法です。
  • 一方のExtrackについて、App StoreやGoogle Playの説明文には、アルゴリズムの中身までは書かれていません。
    手がかりになるのは、ヤマハの研究開発サイトにある音源分離技術の解説ページです。
    そこでは、この技術は周波数領域での統計的信号処理によって実現されていると説明されていて、ニューラルネットワークという言葉は出てきません1

この違いは実用面にも表れそうです。
ニューラルネットワークは学習データにある音の特徴からパートを推定するので、複雑な楽曲でも柔軟に対応しやすい
統計的信号処理は周波数帯域の分布をもとに機械的に分ける手法なので、音域が重なる楽器同士の分離は苦手になりやすい。

1.1. 対応できる音源の範囲

両方とも、対応できる音源には制約があります。

取り込めるのは、端末に保存したファイルや、Google DriveやDropboxなどのクラウドストレージ上の音源です。

MoisesもExtrackも、音楽ストリーミングサービス上の楽曲は分離の対象外です2
Spotifyで流している曲をそのままパート分け、というわけにはいかない。
Moisesの場合はさらに、DRM(Digital Rights Management:コピー制御)がかかったファイルも処理できません。

1.2. オフライン利用の可否

実用面で差が出るのが、オフライン利用ができるかどうかです。

  • Moisesは公式にオフライン利用不可と案内していて、処理のたびに通信が必要になります3
  • Extrackは、端末に曲が保存されていれば、トラック分離や再生、コード譜表示までオフラインでできるとされています。

2. 無料でどこまで試せるか

2. 無料でどこまで試せるか

無料枠を比べると、数字だけ見れば似ているのに中身がかなり違うことに気づきます。

どちらも「無料で無制限」ではなく、月5曲という上限は共通しています。

  • Moisesの無料プランは月5曲まで、1ファイル5分までという制限です4
    分離できるのは2トラックか4トラックの分離が中心で、ボーカル・ドラム・ベース・その他といった基本的な組み合わせにとどまります。
  • Extrackの無料版も月5曲までですが、こちらは基本機能自体に期限がありません5
    分離できる楽器も最大4種類、保存できる曲数は5曲、お気に入りは3曲までです。

ただ、Moisesには1ファイル5分という長さの制限まであるので、窮屈さの感じ方はMoisesのほうが強いと思います。

2.1. 有料プランの中身

有料化すると、両者の性格の違いがはっきり出てきます(価格は、2026-07-11時点の目安です)。

2.1. 有料プランの中身

Moisesには、PremiumとProという二つの有料プランがあります。

  • Premium(1,180円/月)では曲数が無制限になり、1ファイルも20分まで処理できるようになる。
    分離対象もボーカル、ギター、ピアノ、弦楽器などに広がります。
  • Pro(29.99ドル/月)にはさらにハイファイ分離やVSTプラグイン対応などの機能がありますが、これらはWebアプリ専用でスマホアプリには対応していません6
    スマホだけで使うなら、Proの料金差を活かしにくい構成になっている。

Extrackの有料プランはExtrack Pass(900円/月)ひとつで、分離曲数が無制限になり、分離できる楽器も最大7種類まで増えます7
保存できる曲数もiOSで50曲、Androidで10曲まで拡大されます。

プラン構成のシンプルさは、Extrackのほうが分かりやすいです。

3. 書き出せるかどうかで用途が分かれる

3. 書き出せるかどうかで用途が分かれる

無料枠や有料プランの数字より、実は書き出しの可否のほうが用途を決める要因になっています。

  • Moisesは、分離したステムやカスタムミックスを書き出して共有できます。
    これができると、練習用にとどまらず、動画の素材にしたり、DAWに取り込んで編集したりできる。
  • Extrackは、分離したトラックやコード譜のエクスポートに対応していません。
    公式FAQでも、現時点ではエクスポートできないと明記されています。

つまりExtrackは、アプリの中で完結する練習専用アプリとして設計されている。

書き出せる分だけ用途が広がるMoisesと、書き出せない分だけ用途が絞られるExtrackという対比になります。

3.1. 著作権との関係

書き出しができるかどうかは、著作権の話ともつながってきます。

日本の著作権法には私的使用のための複製という例外があり、個人や家庭内など限られた範囲での利用は認められています8
自分で買った曲を、自分のスマホでパート分けして練習する分には、この範囲に収まりやすい。

ただ、分離した音源をネットに公開すると話は変わります。

  • 著作権法では、著作者が公衆送信権(public transmission:インターネット上で公開する権利)を持つと定められていて、分離音源をSNSや配信に載せる行為はこの権利に触れます9
  • さらに、市販の音源には著作権とは別に著作隣接権があり、原盤を使う以上、レコード会社側の許諾が絡んでくる場合もある10

Extrackはそもそも書き出せないので、私的使用の範囲からはみ出しにくい構造になっています。
Moisesは書き出せる分だけ便利ですが、公開して使うなら別途権利の確認が必要になってきます。

4. 課金ポイントに透けるビジネスモデル

4. 課金ポイントに透けるビジネスモデル

ここまでの違いを踏まえると、二つのアプリが何を売っているのかが見えてきます。

課金の理由を辿ると、Moisesは処理量そのものにコストがかかる構造で、Extrackは機能を増やすことにお金を払わせる構造だと分かる。

4.1. MoisesはクラウドでAI処理

Moisesは、クラウドでAI処理をする以上、サーバーの計算コストが発生します。
無料版が月5曲・5分までと厳しいのは、このコストを抑えるための設計だと考えると納得がいく。

有料版でも「無制限」を謳いながら、フェアユースポリシーで異常な利用には制限をかけると明記されていて、目安として1日14トラック以上、または月420トラック以上の利用は通常と異なる利用とされています11

さらに、Moises AI Studioという生成系機能には、クレジット式(credit:利用量を点数で消費する方式)の課金があり、1クレジットで30秒分の生成ができ、無料プランでは月60クレジットが割り当てられる仕組みです12

4.2. Extrackは端末内処理が中心

一方のExtrackは、端末内処理が中心のぶん、計算資源のコストが課金の理由になりにくい。

Extrack Passで買っているのは、曲数の上限を外すことと、分離できる楽器の種類を増やすこと、保存できる曲数を増やすことです。

言ってみれば、練習体験そのものを広げるための課金です。

5. まとめ

5. まとめ

同じ「パート分けアプリ」というくくりでも、Moisesは処理コストに対する対価を、Extrackは機能拡張に対する対価を求めている。

AIサービス全般を見るときも、この「何にお金を払っているのか」という視点は、使い分けを考えるうえで結構効いてくる気がします。

パート分けという同じ機能でも、裏側の設計思想が違えば、無料枠の切り方も課金の理由もこれだけ変わってきます。

今回はスマホでの練習用途を軸に見てきましたが、AIを使ったサービスを比較するときは、機能の派手さより、何にコストがかかっていて、そのコストを誰がどう負担しているのかを見るほうが、案外本質を掴みやすいのかもしれません。

  1. ただし、このページはExtrack専用の技術解説ではなく、ヤマハの音源分離技術全般を紹介するものです。Extrackがこの技術をそのまま採用しているとは明言されておらず、断定はできない。
  2. ヤマハの公式ニュースリリースでは、権利上の制約により音楽ストリーミングサービスの楽曲は読み込むことができないと注記されています。 – 好きな楽曲をバンドメンバーになった気分で演奏できるアプリ『Extrack』を公開 – ヤマハ株式会社
  3. Moisesの公式ヘルプページでは、高度な機能を持つAI主導のサービスであるため、現時点ではオフライン利用ができないと説明されています。 – Is it possible to use Moises offline? – moises.ai
  4. Moisesの公式ヘルプでは、無料プランのアップロード可能曲数と1ファイルあたりの処理時間の上限が案内されています。 – How many songs can I upload? – moises.ai
  5. ヤマハのExtrack公開時のプレスリリースでは、無料プランで分離できる楽器の種類数、月間の分離可能曲数、ライブラリへの保存可能数が具体的に示されています。 – ヤマハ 新感覚の音楽アプリ『Extrack』(エクストラック)公開 | 電波タイムズ
  6. MoisesのApp Store掲載情報では、Premiumで解放される機能とは別に、Proプランのハイファイ分離やVSTプラグイン対応などがWeb向けの機能として説明されています。 – Moises AI: The Musician’s App – App Store
  7. Yamaha Music Connectの紹介記事では、Extrack Passで分離曲数が無制限になり、分離できる楽器が最大7種類に増えると案内されています。 – 楽器練習は孤独じゃない。「Extrack」で、好きな曲をバンド気分で演奏する新しい音楽体験!|Yamaha Music Connect
  8. 著作権情報センターの解説では、私的使用のための複製は個人的にまたは家庭内などの限られた範囲での使用を目的とする場合に、著作物を許可なく複製できると説明されています。 – 著作権が制限されるのはどんな場合? | 著作権Q&A | 公益社団法人著作権情報センター CRIC
  9. 著作権に関する解説記事では、私的に複製したものをインターネットに投稿する行為は私的使用の範囲を超え、複製権や公衆送信権の侵害になり得ると説明されています。 – 弁理士の著作権情報室:著作権侵害にならない「私的使用」の限界はどこか | イノベーションズアイ
  10. JASRACの案内では、市販のCDやダウンロード音源を利用する場合、著作権とは別に音源製作者やアーティストの著作隣接権の許諾を得る必要があるとされています。 – 録音物・映像ソフト・出版物などの製作 | JASRAC
  11. Moisesのフェアユースポリシーでは、無制限プランであっても通常の個人利用を大きく超える処理量には制限がかかり得るとされ、1日14トラック以上または月420トラック以上が目安として挙げられています。 – Acceptable Use and Fair Usage Policy – moises.ai
  12. Moisesの公式ヘルプページでは、AI Studioの生成系機能がクレジット制で提供され、1クレジットで30秒分の生成ができ、無料プランには月60クレジットが割り当てられると説明されています。 – Moises AI Studio Credits – moises.ai