- ChatGPT から届いたメールに「植物図鑑」というカードがあったので押してみたら、開いたページの名前は「インフォグラフィックのポスターを作る」でした。
- 手元のマウスを撮って入れたところ、学名も部分図もそろった図譜が1分48秒で出てきました。
- ここで動いているのは、写真を19世紀の図譜の様式に描き直す処理です。写っているものが何かを調べる処理ではありません。
- 本物の植物を入れても、作り方は変わりません。違うのは、出てきた名前が嘘だと気づけるかどうかだけです。
1. 「植物図鑑」のボタンの先は、ポスター作成だった
先日の夕方、ChatGPT から「試してみたい新しい画像スタイル4選」というメールが届きました。
カードが4枚並んでいて、そのうちの1枚が「植物図鑑」です。
残りの3枚は「写真を鮮明にする」「設計図」「ドット絵ゲーム」。

並べてみると、3枚までは画風の名前です。
メールの結びも「プリセットスタイルからインスピレーションを得ることも、ほんの数語で自分だけのスタイルを作成することもできます」となっていて、件名からして「新しい画像スタイル4選」。
「植物図鑑」だけが、調べる機能の名前に読めます。
見本の絵に引っかかりました。
描かれているのはアガポルニス。
コザクラインコです1。

「試してみる」を押すと、ページの見出しは「インフォグラフィックのポスターを作る」に変わっていました。
そこから入力欄に流し込まれるプロンプトの全文が、これです。

書き出しはこうなっています。
見えているディテールだけを使い、主題を19世紀の科学アトラスで研究されたかのように再解釈した、ヴィンテージの植物イラストポスターを作成してください。
読み返すと、指示は最後まで絵の作り方の話です2。
線の細さ、彩色の元、中央に置くもの、添える挿図とガイド線。
「再解釈」とは書いてあるけれど、同定・識別・調べるにあたる語がどこにもない。
「分析してください」という語なら、ちゃんと入っています。
ただし、それが掛かるのは注釈テキストのほうです。
形態と構造を分析した注釈を、平易な英語で、読みやすく書いてください。
絵の中に置く文字をどう書くか、という注文であって、写っているものが何かを突き止めろとは言っていない。
2. マウスの写真が「マウスの実」になった
2.1. 学名も巻号も、ないものが揃っている
ためしに、机の上のマウスを上から撮って入れてみました。
植物ではないものを入れたら何が起きるのか、というくらいの気持ちです。

1分48秒待って出てきたのが、これです。

Musaea rotundata、科名は LOGIACEAE。
右上に Vol. III. Plate XXVII.、左上に Tab. XXVII. と巻号まで振ってあります。
Fig. 1 の全体図から Fig. 7 の断面図まで、部分図が7つ。
その Fig. 7 には、わざわざ (idealized) と添えてあります。
理想化した断面図、という断り書き。
中身は空洞で、種も繊維も描かれていません。
学名の作りも、それらしくできています。
rotundata は「丸い」3。
Musaea の前半は、ハツカネズミ属の属名でもある mus4。
後半は、バナナを含むバショウ属の Musa を思わせます5。
科名の LOGIACEAE にいたっては、本体に写り込んだ logi のロゴを、ラテン語の科名の形に伸ばしただけです。
そのロゴは、消されずに実の表面にそのまま残っています。
科名は、その科に入る属の名前から作る決まりになっています。
Musaea 属を立てたなら Musaeaceae になるはずで、LOGIACEAE とは噛み合っていません6。
2.2. 「自然界では不明」と書いてある
面白かったのは、下の欄です。

OBSERVATIONS には、表面が硬くてわずかに光沢がある、中央の稜に車輪状の器官と円い節、1と2の小さな標しがある、側面に小さな節がある、外周に合わせ目が走っている、と書いてあります。
どれも、写真に写っているものを言い換えたもの。
ホイールとボタンを、器官と節の言葉に置き換えているだけです。
HABITAT のほうは、こうです。
木の地面の上、栽培された環境で観察された。
自然界では不明。
正直だと思いました。
自然界にこんなものは無いので、書きようがない。
それでも欄は空けずに埋めてあります。
中央の飾り罫のところには、Parva Forma, Magna Curiositas と入っています。
小さな形、大きな好奇心。
図譜の下段に標語を据える位置に、それらしいラテン語が置いてある。
観察記録の書式が、最後まで守られている。
そして埋まった欄というのは、それだけで「誰かが調べた」ように見えます。
3. 本物の植物を入れても、やっていることは同じ
3.1. 同定と生成は、どこが違うのか
紙の図鑑を引くときにやっているのは、照合です7。
手元のものを見て、記載と見比べて、合うものを探す。
検索表なら、葉のふちにギザギザがあるか無いか、というような二者択一を順にたどっていきます。
合うものが無ければ「載っていない」で止まります8。
この止まる仕組みが、図鑑を図鑑にしている部分だと思います9。
ここで動いているのは、そうではありません。
入力の見た目を、図譜の様式に描き直す変換です。
入力が植物かどうかを判定する手前の工程が無いので、止まる条件もない。
止まらなかった証拠が、マウスの実です。
3.2. 嘘だと気づけるのは、被写体が植物でないときだけ
マウスなら、誰でも分かります。
Musaea rotundata を検索するまでもなく、これは無いと分かる。
では、庭で撮った草を入れたらどうなるか。
出てくる図譜の見た目は、まったく同じです。
学名がついて、部分図がついて、生育環境の欄が埋まる。
違うのは、その学名が正しいかどうかを、こちらでは判断できないことだけです10。
しかも、本物の植物には本物の学名があります。
似た名前がたまたま近いところに出てくることもあれば、まったく別の科の名前が出てくることもある。
正解が存在する分、間違いが紛れ込む余地も生まれます。
マウスを入れたときより、本物の植物を入れたときのほうが危ない。
4. 図鑑と呼ぶと、何が起きるか
生成された絵の左上には、Flora Artificialis と書いてあります。
人工の植物誌。
ChatGPT が付けた画像の名前も「人工植物図譜「マウスの実」」でした。

作った側は、人工だと名乗っています。
嘘をついているわけではない。
引っかかるのは、選ばれた様式のほうです。
19世紀の科学アトラス風という見た目は、それ自体が「調べた結果」を運ぶために使われてきた形式です11。
細いインクの線描、番号を振った部分図、ラテン語の学名、生育環境の欄。
どれも、標本を前に人が何年もかけて確かめた記録を載せるための器でした。
右上の Atlas Botanica Vol. III. Plate XXVII. も、その器の一部です。
第3巻の27図版目ということは、少なくとも26枚が先にあったことになります。
その26枚は、どこにもありません。
その器だけを、1分48秒で埋めることができる。
草花の名前を知りたいときは、Google レンズや植物判定のアプリのように、照合をする機能を使います12。
あちらも間違えますが、候補を複数出したり、確からしさを添えたりする作りになっています。
「分からない」を返す口が残してある。
ポスターとしては、マウスの実はよくできていると思います。
断面図の中身が空洞なところなど、気に入っています。
ただ、これを「図鑑」の名前で覚えてしまうと、次に草を入れたときにも同じ目で見てしまう。
- 属名の Agapornis は、ギリシャ語で愛を指す agape と、鳥を指す ornis を合わせたものです。和名のほうは、頬が桜色をしていることから付いています。 – コザクラインコ – Wikipedia
- ChatGPT の画像生成は、指示への追従と編集の正確さを掲げた機能として案内されています。 – Introducing ChatGPT Images 2.0
- ラテン語で丸いを意味する rotundus から来た語で、植物の種小名によく使われます。ホタルブクロ属の Campanula rotundifolia なら「丸い葉の」。 – Campanula rotundifolia – Wikipedia
- Mus はネズミ科ハツカネズミ属の属名で、ラテン語でネズミを指す語から来ています。 – ハツカネズミ属 – Wikipedia
- Musa はバナナやバショウを含む属の名前です。ローマ皇帝の侍医ムサにちなむとも、アラビア語での呼び名に由来するとも言われます。 – バショウ属 – Wikipedia
- 国際藻類・菌類・植物命名規約の第18条は、科名をその科に含まれる属の名前の属格から作り、語尾を -aceae に置き換えると定めています。 – Article 18 – International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants
- 分類学でいう同定は、目の前の対象が何であるかを既知の分類群と突き合わせて突き止める行為を指します。 – 同定 – Wikipedia
- 図鑑に載っている検索表は、二者択一の選択肢を選んでいくと分類群が絞られる形になっています。 – 検索表 – Wikipedia
- 国立国会図書館の調べ方案内も、植物の名前を調べる手立てとして、検索表を備えた図鑑や、花・実・葉など部位ごとの図版を挙げています。 – 植物図鑑 – 調べ方案内 – 国立国会図書館
- 事実に基づかない内容をもっともらしく出力することはハルシネーションと呼ばれ、技術的な対策はあるものの完全には抑えられないとされています。 – 令和6年版 情報通信白書 生成AIが抱える課題 – 総務省
- 国立国会図書館の電子展示会は、植物図譜が学術の記録と美術のあいだで発達してきた経緯を、所蔵資料の図版とともに紹介しています。 – 植物を描く – NDLイメージバンク
- Google レンズは、カメラを向けるか撮った写真を渡すと、似た画像を探して花や植物の候補を返します。 – Google レンズ アプリで花の名前を知ろう! 機能と使い方ガイド