なぜ「使いにくい」OSを選ぶのか
新規事業を立ち上げる企業管理者にとって、Chrome OSは気になる選択肢の一つです。しかし導入を検討すると、必ず出てくる疑問があります。「なぜわざわざ不便なOSを選ぶのか?」
ExcelやOutlookが使えない1。フリーソフトが追加できない。ローカルインストールの会計ソフトも動かない。Chrome OSを導入すれば、これまでの業務のやり方を大きく変える必要があります。
この「不便さ」には、実は深い理由があります。
セキュリティ対策の基本原則:機能を絞る
セキュリティ対策の基本は、機能を削減することです。パソコンができることを絞り込むほど、セキュリティは向上します。
個人のパソコンなら便利さを優先しがちです。しかし企業用パソコンには明確な「業務」という目的があります。業務に関係ない機能を削ぎ落とすことが、セキュリティリスクを減らすための基本方針となります。
城の防御を考えてみてください。出入り口が多いほど敵の侵入ルートも増えます。同じように、パソコンの機能が多いほどサイバー攻撃の侵入経路も増えるのです。
仕事用パソコンが窮屈に感じるのは、このためです。しかし趣味で使うものではないため、これは当然のトレードオフといえます。
Chrome OSが制限する機能とその効果
Chrome OSは、この基本原則を徹底的に追求したOSです。制限される主要な機能を見てみましょう。
- フリーソフトのインストール制限は、最も大きな変化の一つです。従来のWindowsやMacでは、インターネットからダウンロードしたソフトウェアを自由にインストールできました。Chrome OSでは、基本的にChrome Web Storeで配布されている拡張機能やアプリのみ利用可能です2。
- VBAマクロの実行制限も重要なポイントです。ExcelのマクロやAccessのVBAコードは実行できません。多くのマルウェアがマクロ機能を悪用していることを考えると、この制限は大きなセキュリティ効果をもたらします。
- ローカルアプリケーションの制限により、パソコン本体にインストールするタイプのソフトウェアは使用できません。すべての作業はWebブラウザ上で行います。
これらの制限により、マルウェア感染のリスクが大幅に減少します3。ウイルスの多くは、フリーソフトに偽装したり、メールの添付ファイルのマクロ機能を悪用したりして侵入するからです。
ゼロトラストモデルという武器
Chrome OSの最大の強みは、ゼロトラストモデルを手軽に実現できることです。
ゼロトラストとは「何も信頼しない」というセキュリティの考え方です4。従来の「社内は安全、社外は危険」という境界型セキュリティから、「すべてを疑い、常に確認する」という新しいアプローチに変わります。
具体的には、データはすべてGoogleドライブなどのクラウドに保存されます。これにより、Googleが提供する企業レベルのセキュリティを利用できます5。中小企業が自前で構築するセキュリティシステムと比べて、圧倒的に強固です。
ユーザーは毎回Googleアカウントで認証を受けます。パソコン本体が盗まれても、認証なしにはデータにアクセスできません。さらに、アクセスのたびに「誰が」「どこから」「何に」アクセスしているかが記録されます。
家の鍵を考えてみてください。従来のセキュリティは玄関の鍵だけで守る方式でした。しかしゼロトラストは、各部屋のドア、金庫、引き出しにそれぞれ鍵をかけて、入室のたびに身分証明を求める方式です。
新規事業での活用メリット
新規事業では、Chrome OSの制限がメリットに変わります。
- レガシーシステムのしがらみがないことが最大の利点です。既存事業では「今まで使っていたソフトが使えなくなる」という抵抗があります。しかし新規事業なら、最初からクラウドベースの業務環境を構築できます。
- 初期セキュリティレベルの高さも重要です。事業開始時点で企業レベルのセキュリティが確保されているため、後からセキュリティ対策を追加する必要がありません。
- 管理コストの削減効果も見逃せません6。ウイルス対策ソフトの購入や更新、OSのアップデート管理、ソフトウェアライセンス管理などの手間が大幅に減ります。
トレードオフを理解した判断
Chrome OSの導入は、便利さとセキュリティのトレードオフです。
- 失うものは明確です。従来のWindowsソフトウェアの多くが使えません。オフライン環境での作業に制限があります。既存の業務フローを変更する必要があります。
- しかし得られるものも大きいです。マルウェア感染リスクの大幅な削減。企業レベルのクラウドセキュリティの活用。管理工数の大幅な削減。そして何より、セキュリティインシデントによる事業停止リスクの軽減です。
このトレードオフが受け入れられるかどうかは、事業の性質と優先順位によって決まります。新規事業で、セキュリティを重視し、クラウドベースの業務環境に適応できる組織なら、Chrome OSは強力な選択肢となります。
まとめ
Chrome OSの「不便さ」は、セキュリティ対策の基本原則「機能制限によるリスク削減」を徹底的に追求した結果です。フリーソフト制限、VBAマクロ制限、ローカルアプリケーション制限により、マルウェア感染リスクを大幅に削減し、ゼロトラストセキュリティモデルを手軽に実現できます。新規事業では、レガシーシステムのしがらみなく、最初から企業レベルのセキュリティ環境を構築できるため、便利さとセキュリティのトレードオフが明確なメリットに転換します。
- Chrome OSではWebブラウザ版のMicrosoft OfficeやGoogle Workspaceを使用します。デスクトップ版とは一部機能が異なります。 – 組織で使うChrome OSのメリット、デメリットとは
- 管理者による設定で、特定の拡張機能のみを許可したり、完全に制限したりすることも可能です。 – Chromeブラウザを企業で使う時のメリットデメリット
- 2024年10月現在、Chrome OSがランサムウェア攻撃やウイルス攻撃の被害を受けたという報告はありません。 – ChromeOS公式サイト
- ゼロトラストモデルは2010年にForrester Research社のJohn Kindervag氏によって提唱されました。「Trust but Verify(信ぜよ、されど確認せよ)」から「Verify and Never Trust(決して信頼せず必ず確認せよ)」への転換を意味します。 – ゼロトラスト・セキュリティとは?|NRIセキュア
- Chrome OSには確認付きブート、サンドボックス、データ暗号化、自動アップデートなどの多層防御機能が標準搭載されています。 – 強固なセキュリティを確保しやすいChromebook|サイバーネット
- Chrome OSを導入した企業では、デバイス管理に要する時間が従来のOSと比較して63%短縮され、運用コストが44%削減されたという調査結果があります。 – ChromeOS公式サイト