AI AI AI AIエージェントが自動化する
「効率的な非効率」について
(OpenClaw)

最近、OpenClawというAIエージェントツールでの作業自動化が話題です。
たとえば、複数の生成AI(ChatGPT、Claude、Geminiなど)を同時に動かして大量の情報を収集し、NotebookLMで自動的にスライド資料を作成する、というような手法が注目を集めています。

一見すると「すごい効率化」に思えます。
しかし、よく考えるほど、この仕組みには根本的な矛盾があると感じました。

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1. 誰のための資料なのか?

まず疑問に思ったのは、「この資料は誰にとって価値があるのか?」という点です。

1.1. 作成者本人にとって

大量のAI調査を経て生成された資料を、本人は「上澄み」しか読みません。
深く調べた気分にはなるかもしれませんが、自分で疑問を持ち、違和感を追いかけ、対話的に探索していくプロセスがありません1

複数のAIの出力をNotebookLMでマージすると、一見広範で正確な情報が得られるように感じます。
しかし、質が担保されているとは思えません。
むしろ情報が増えるほど、コンテクストが圧迫され、ハルシネーションのリスクが高まりそうです。

資料を作る過程自体で理解が進む面があると思っていて、成果物だけが必要なのではない気がします。
自動化されたプロセスでは、その学びが得られません。
突っ込まれると困惑してしまいます。

1.2. 第三者への説明資料として

では、他人に説明するための資料として使えるでしょうか?

確かに情報密度が高く見えます。しかし、細部を突っ込まれたら答えられません。自分が理解していない内容は説明できないからです。結局、改めて確認が必要になります。

そもそも、この資料は本当に必要なのでしょうか?受け手にも使えるAIがあるのだから、各自がオンデマンドで調べる方が、自分の文脈と疑問に沿った探索ができるはずです。

2. 新しいツールで古いフォーマットを作る倒錯

もう一つ、可笑しいと感じたのは、生成AIという新しいツールで、スライド・プレゼン資料という古いフォーマットを作っていることです。

2.1. メディアの特性を無視している

スライドは、情報伝達手段が限られていた時代の産物です。一方向的なプレゼンテーション用で、非対話的なコミュニケーションを前提としています。

一方、生成AIの本質は対話的でインタラクティブです。個別化・パーソナライズが可能で、リアルタイムで深掘りできます。

それなのに、わざわざ静的で固定されたスライドに落とし込むのは、情報を劣化させているように見えます。

2.2. 情報の流れの転倒

整理すると、こうなります:

豊富な情報源
  ↓
AI(動的・対話的)
  ↓
スライド(静的・固定)← ここで劣化
  ↓
人間(再び疑問を持つ)

本来なら、こうできるはずです:

豊富な情報源
  ↓
AI(動的・対話的)← ここで直接対話
  ↓
人間(必要に応じて深掘り)

中間に「資料」という成果物を挟む必然性がありません。

3. 大量の計算資源が圧縮されていく

そして、ここが最も象徴的だと思うのですが、大量の計算資源を使って収集した情報が、人に見られることのないまま圧縮されていきます。

3つのAIが並行して動き、膨大なトークンを消費し、エネルギーを使って調査した結果が、数ページのスライドになる。そのスライドは、細部を確認されることもなく、会議で一瞬映されるだけかもしれません。

これは「効率を追求した非効率性」ではないでしょうか。

4. パラダイムシフトへの無理解

この現象は、新しい道具で古い仕事を再現する過渡期によく見られるものだと捉えています。

  • 電子メールをFAXのように使う
  • スマートフォンを電話機として使う
  • インターネットを電子掲示板として使う

いずれも、新しいツールの本質的な可能性を見落としています。

生成AIは「資料作成の効率化ツール」ではなく、「資料そのものを不要にするツール」かもしれません。

古い形式への執着——「資料を作る」という行為の目的化、会議文化・プレゼン文化への従属、「成果物」がないと不安になる感覚——が、新しいツールの価値を見えなくしています。

  1. これは自戒も込めてなのですが。