「生成」は増えても
「創造」は代替されない

生成AIが普及するにつれて、ある種の不安がクリエイターの間で広がっています。
「AIが自分の仕事を奪う」「創造が陳腐化する」という言い方で語られる恐怖です。
しかしこの不安は、二つの異なる概念を同じ棚に並べていることから生じています。
「生成」と「創造」は別物です。

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1. 三つの段階

生成AI(大規模言語モデル:LLM)が何かを出力するとき、そこには三つの段階があります。

  • 最初の段階は、言及されたものが出てくることです。
    「桜の俳句を書いて」と入力すれば桜の俳句が出る。
    これは高度な検索に近い動作です。
  • 次の段階は、自分の意図に近いものが出てくることです。
    プロンプトを何度も調整し、対話を重ねることで、頭の中にあったイメージに近い何かが生成されます。
  • 三つ目が、受け手の予想を超えるものを受け取ることです。

生成AIが得意なのは一段目、二段目です。
ただ三段目は、プロンプトという形式と根本的に相性が悪い。
プロンプトは「言語化された要求」を前提とするため、受け手が言語化できていない欲求を先回りして形にすることは、その構造上できません。

確かに、生成AIが登場したばかりの現代では、「目新しさ」から「予想を超えた」ように感じます。
ただ、それは作品そのものへの感動よりも、「それが機械的に生成されたことへの驚嘆」です。
「作品」だけを見れば、物足りないというものです。
クリエイティブな体験の価値は、自分が想像していなかった何かに出会う瞬間にあって、理想通りだとその驚きが消えます。

2. 「できる」を増やしても「したい」は増えない

「生成AIの民主化論」は、ツールの敷居が下がれば潜在的クリエイターが解放される、という前提に立っています。

しかし、一般ユーザーがコンテンツを作らないのは、スキルや時間が足りないからとは限りません。
そもそも「作りたい」という衝動が最初から少ないからです。
はたして万人が脳内に未発表の物語を抱えているのでしょうか。

AIの使い方にも、幅があります。

多くのユーザーは、プロンプトを一回投げて結果を受け取るだけです。
少し工夫をすると、対話を重ねて意図に近いものを引き出せるユーザーがいます。
そして、AIを使いこなして何か面白いものを生成できる人は、そもそも「創造的な資質」を持っている人です。

3. 創造性は希少に保たれてきた

創造に必要な資質として、見落とされやすいものがあります。
「執着」です。

あるテーマや問いに、考えずにいられない。
手放せない。
寝ても覚めても同じ問題が頭の中を回る。

こうした固執の感覚は、傍から見れば病的にすら映ります。
実際、創造性と精神疾患の関連は昔から指摘されてきました。
その連続性は「天才と狂気」という古い言い回しのように、認知の構造として説明できます。

クリエイターが少数派である、進化的な観点からの仮説があります。

双子を対象にした遺伝研究(2017年)では、創造的な職業に就いている人の割合はサンプルの2.6〜3.2%で、遺伝率は70%と推定されています1
「クラスの中で作品を作っている子は数名程度」という共通感覚は、統計的にもおおむね裏付けられています。

破壊的な創造性は、集団の中では乱雑さを生み安定を損ねます。
一方で、困難な問題に対するイノベーションを担う「異常な」個体は集団に不可欠でもある。
この二面性が、創造性を持つ個体を数%程度に安定させる機序として働いてきた可能性があります2

精神医学の側からも傍証があります。
統合失調症は全人口の約1%という有病率が全人類共通で持続しており、繁殖上の不利があるにもかかわらず消えません3
その理由として、軽度のシゾタイピー、つまり統合失調スペクトラムの傾向が創造的思考に有利に働くという説が研究されています。
認知フィルターが緩むことで、一般には却下される遠い連想を保持しやすくなり、それが独自の発想につながるという機序です4

執着もこの文脈で理解できます。
通常の認知は、解決できない問いや実用的でない連想を自動的に棄却します。
その棄却機能が弱いと、問いが頭に残り続ける。
これが病理になるか創造になるかは、制御できるかどうかにかかっています5

もちろん、これが社会的・環境的産物か、遺伝的形質かはまだ確定していません。
遺伝率70%という数字は、環境の影響よりも生物学的機序のほうが強いことを示唆しています6
ただ、ツールが変わっても、三段目の出力を生み出せる人の絶対数は変わりないのかもしれません。

4. 競合相手の変化という現実問題

AIが何かを脅かしているとすれば、それは創造ではなく、創造と生成の間で流通していたコンテンツでしょう7

三段目の体験を提供できるクリエイターへの需要は下がりませんが、二段目以下の作品への需要は確実に変化します。
ユーザーが一度AIに出力させたものに慣れてしまうと、そこを超えるための閾値が上がります。
これは「創造の代替」ではなく、市場の再編です。

生成AIは「生成の民主化」を実現しました。
それは「創造の民主化」とは別の話です。
受け手の予想を超えるものを作れる人は、ツールが変わる前も後も同じくらい希少なことなのかもしれません。

  1. 創造的な職業への従事者がサンプル全体の2.6〜3.2%に留まること、およびその遺伝率が0.70と推定されることが双子・兄弟姉妹のデータ6,755組の分析から示されています。 – Heritability of Working in a Creative Profession
  2. 集団の規模と創造性の関係については、集団が大きいほど革新的なアイデアを生む個体が現れる確率が上がる一方、その普及も促進されるという人口統計学的仮説が進化遺伝学者のMark Thomas(ロンドン大学)らにより提唱されています。 – The Origin of Human Creativity Was Surprisingly Complex
  3. 統合失調症の有病率が全人類で約1%程度に維持されていることは、繁殖上の不利にもかかわらず集団に「バランシングアドバンテージ」が存在する可能性を示唆しており、創造性がその一候補として挙げられています。 – Creativity, psychosis and human evolution: The exemplar case of neuregulin 1 gene
  4. シゾタイピーの高い人は「過包含的思考」と呼ばれる広い連想ネットワークを持ち、通常の認知では棄却される関連を保持しやすいことが確認されています。この特性は論理的推論では不利に働く一方、発散的思考や独創的なアイデア生成では優位性をもたらすとされます。 – What Is Schizotypy? The Personality Spectrum Explained
  5. 詩人や芸術家は「異常体験」スコアが統合失調症患者と同程度に高い一方、「内向性無快感症」スコアが低い点で臨床群と区別されます。創造的な人物はシゾタイピー的な認知特性を持ちながら、社会的機能や制御能力を保っているという「制御可能な奇異性」モデルが提唱されています。 – Schizotypy and creativity: an evolutionary connection?
  6. 現代人にのみ存在する267の遺伝子が特定されており、創造性・自己認識・協調性と関連する遺伝子ネットワークの進化がチンパンジーおよびネアンデルタール人との比較ゲノム研究から示されています。 – Evolution of genetic networks for human creativity
  7. Bynder社による2,000人調査では、AI生成コンテンツだと知らされた状態では56%が人間作成コンテンツよりAI版を好むと回答した一方、AI生成だと分かった場合には52%がエンゲージメントを下げると答えています。同一の文章に対して、出自の認識が評価を左右することが示されています。 – How consumers interact with AI vs human content