こんにちは!第9回の講義「リファクタリングの実践ケーススタディ」を始めさせていただきます。内容を確認しましたので、一緒に学んでいきましょう。
はじめに
今日の講義では、実際の大規模なプロジェクトでどのようにリファクタリングを進めていくかを学びます。これまで学んだテクニックを大きなコードベースにどう適用するか、その戦略と実践方法を見ていきましょう。
実際の大規模リファクタリング事例の分析
事例1:オンラインショッピングシステムの改善
あるオンラインショップのコードは、最初は小さく始まりましたが、5年間で10倍以上の機能が追加されました。その結果、次のような問題が起きていました:
- 注文処理のコードが1つのクラスに3000行以上集中
- 商品管理、在庫管理、価格計算が混ざり合っていた
- 新機能の追加に3倍の時間がかかるようになった
改善方法:
- まず全体のテストカバレッジを60%まで引き上げた
- 注文処理を「注文作成」「支払い処理」「在庫確認」「配送手配」の4つのモジュールに分割
- 共通の処理を「ユーティリティ」モジュールとして切り出した
この改善により、バグ発生率が40%減少し、新機能開発が2倍速くなりました。
事例2:レガシーバンキングシステムの現代化
20年以上使われてきた銀行システムのコードベースは、古い技術と新しい技術が混在していました。
問題点:
- モノリシックなアーキテクチャで1つの変更が全体に影響
- ビジネスロジックとデータアクセスが密結合
- ドキュメントがなく、知識が一部の開発者に集中
改善方法:
- ストラングラーパターン(古いシステムを徐々に新しいシステムに置き換える方法)を採用
- 最初に決済処理部分だけを分離して改善
- その後、顧客管理、口座管理などを段階的に分離
- 各部分をマイクロサービスとして再構築
「ストラングラーパターン」とは、つる植物が木を徐々に覆い尽くして最終的に置き換えるように、新しいシステムが古いシステムを段階的に置き換えていく方法です。古いシステムを一度に変えるのではなく、少しずつ新しくしていくんですね。
段階的なリファクタリング戦略
大きなコードを一度に変えようとすると失敗しやすいです。代わりに以下の段階で進めるのが効果的です:
1. 現状把握とゴール設定
- 現在のコードの問題点を洗い出す
- 達成したい具体的なゴールを決める(例:「ファイル分割」「テスト追加」など)
2. 安全な土台作り
- テストがない場合は、まず簡単なテストを追加
- コード内の危険な部分(特に複雑な条件分岐)に注目
3. 小さなステップで前進
「小さな変更→テスト→コミット」のサイクルを繰り返します。例えば:
- 1つの長い関数を2つに分ける
- 30分以内で完了できる変更だけを行う
- 各ステップで必ずテストを実行する
4. 可視化と進捗確認
- リファクタリングの進捗を図やチャートで表す
- 「技術的負債の返済」として経営層に説明
これはちょうど大きな部屋の掃除と同じです。一度に全部片付けようとすると途方に暮れますが、「まず本だけ片付ける」「次に洋服を整理する」と分けると達成しやすくなります。
チームでのリファクタリング進行法
1. リファクタリング文化の醸成
- 「壊れた窓」を放置しない(小さな問題も見過ごさない)
- コードレビューでリファクタリングのヒントを共有
- 「ボーイスカウトルール」の導入:コードは見つけたときより良い状態で残す
「壊れた窓」とは、建物に割れた窓があると他の窓も壊されやすくなるという考え方です。コードでも小さな問題を放置すると、他の部分も悪くなりやすいというたとえです。
2. チーム全体の取り組み
- リファクタリングデーの設定(月に1日など)
- ペアプログラミングでのリファクタリング
- 知識共有セッションの開催
3. リファクタリング計画の共有
- 何をするのか、なぜするのかを全員に明確に伝える
- リファクタリングのためのガイドラインを作成
- 複数人が同じコードを変更する際の調整方法を決める
実習:複雑なレガシーコードのリファクタリング計画を立てる
それでは具体的な実習に移りましょう。次のような架空のレガシーショッピングカートシステムがあるとします:
// 8000行の巨大なショッピングカートクラス (一部抜粋)
class ShoppingCart {
constructor() {
this.items = [];
this.user = null;
this.discounts = [];
this.taxRate = 0.1;
this.shippingOptions = [];
// ... 他多数のプロパティ
}
addItem(item, quantity) {
// 300行の商品追加ロジック
}
calculateTotal() {
// 500行の合計金額計算(税金、割引、送料を含む)
}
checkout() {
// 800行の決済処理(ユーザー検証、在庫確認、支払い処理、注文生成)
}
// ... 他多数のメソッド
}
Code language: JavaScript (javascript)
実習課題:リファクタリング計画の作成
次の手順で進めてみましょう:
- 問題点を特定する
- このコードのどこに問題がありそうですか?
- どのような責任が混ざっていますか?
- 分割の方針を考える
- どのようなモジュールに分けるべきですか?
- 依存関係はどうあるべきでしょうか?
- 段階的な計画を立てる
- 最初に何から手をつけますか?
- どのような順序で進めますか?
- リスクはどこにありますか?
まとめ
今回の講義では、実際の大規模リファクタリングの事例を学び、段階的なアプローチの重要性を確認しました。
重要なポイントをおさらいしましょう:
- 大きなリファクタリングは一度に行わず、小さなステップに分ける
- テストを充実させることで安全にリファクタリングを進められる
- チーム全体でリファクタリングの文化を作ることが大切
- 具体的な計画と進捗の可視化がプロジェクトの成功を左右する
次回の最終講義では、「持続可能なコード管理と改善」について学び、この講座の内容を実際の業務にどう生かしていくかを考えます。
質疑応答
皆さんからの質問に答えていきましょう。今日の内容や実際のプロジェクトでの疑問など、どんなことでも構いません。
ありがとうございます。それでは、3人の鋭い生徒からの質問と、それに対する回答をシミュレーションしてみましょう。
質疑応答セッション
田中さんの質問
質問: 「ストラングラーパターンを実践する際、古いシステムと新しいシステムの間でデータの整合性をどのように保つべきでしょうか?特に移行期間中の運用について知りたいです。」
回答: とても良い質問ですね、田中さん。データの整合性は確かに重要な課題です。
主に次の3つの方法が効果的です:
- ファサード層の導入:古いシステムと新しいシステムの間に「橋渡し」となる層を作ります。この層がデータの変換や同期を担当します。
- 二重書き込みパターン:一定期間は両方のシステムにデータを書き込みます。新システムが安定するまでは古いシステムを「正」とし、不一致があれば古いシステムのデータを優先します。
- 段階的なデータ移行:データも一度にすべて移行するのではなく、機能ごとに移行します。例えば「過去3ヶ月の取引データ」だけを先に移行し、問題がなければ範囲を広げるといった方法です。
銀行システムのケースでは、週末の業務時間外に小さな機能から切り替え、問題があればすぐに元に戻せるようにしていました。最初の数週間は両方のシステムを並行稼働させ、結果を比較することで安全を確保していました。
佐藤さんの質問
質問: 「リファクタリングの必要性をマネージメントに説得するのが難しいと感じています。目に見える機能追加ではないため、時間をかける価値があると納得してもらえません。どのように説明すれば効果的でしょうか?」
回答: 佐藤さん、多くの開発者が同じ悩みを抱えています。技術的負債は目に見えにくいため、その重要性を伝えるのは難しいですよね。
効果的なアプローチをいくつか紹介します:
- ビジネス言語で説明する: 「技術的負債」や「リファクタリング」という言葉ではなく、「開発速度の向上」「バグ発生率の低減」「新機能追加の時間短縮」など、ビジネス成果の言葉で説明します。
- 数字で見せる: 例えば「この機能の開発に以前は1週間かかったが、今は3週間かかっている」といった具体的な数字を示します。また、リファクタリング後の目標値も設定しましょう。
- 小さく始めて成果を示す: まず小さな部分をリファクタリングし、その成果(開発速度向上、バグ減少)を具体的に示します。成功体験があると、より大きなリファクタリングへの理解も得やすくなります。
- リスクを具体化する: 「このままだと6ヶ月後にはこの機能の変更に2倍の時間がかかるようになる」など、リファクタリングしないリスクを具体的に説明します。
先ほどの銀行システムの例では、最初は小さな改善だけを承認してもらい、その成果(バグの30%減少)を示したことで、より大きなリファクタリングの予算も承認されるようになりました。
山田さんの質問
質問: 「チームメンバーのスキルレベルにばらつきがある中で、大規模リファクタリングをどう進めればいいでしょうか?経験の浅い開発者にもしっかり参加してもらいたいのですが。」
回答: 山田さん、チーム内のスキル差は確かに難しい問題ですね。でも、うまく活用すれば全員の成長機会になります。
次のような方法がお勧めです:
- ペアプログラミングの活用: 経験豊富な開発者と新人がペアを組んでリファクタリングを行います。知識共有にもなり、新人も安全に貢献できます。
- 役割の適切な分担:
- 経験豊富な開発者:全体設計、複雑な部分のリファクタリング
- 中堅開発者:モジュール単位のリファクタリング、テスト作成
- 新人開発者:小さな関数の改善、ドキュメント作成、テストの拡充
- リファクタリングカタログの作成: よくある改善パターンをリストアップし、簡単なものから難しいものまでレベル分けします。新人は簡単なパターンから始められます。
- コードレビューの強化: リファクタリング後のコードレビューを丁寧に行い、フィードバックを通じて学習機会を作ります。
実際の企業の例では、「リファクタリングデー」という月1回の取り組みで、みんなでリファクタリングをする日を設け、ランチタイムに学んだことを共有する時間を作っていました。こうして全員がリファクタリングの技術を学ぶ機会を持てるようにしていました。
また、「リファクタリングチャレンジ」という形で小さな課題を出し、それをクリアすると「リファクタリングマスター」など称号が得られるゲーム的な仕組みを取り入れたチームもありました。楽しみながら学べる工夫も大切です。
ありがとうございました!今回の内容についてご質問や補足が必要なことがあれば、ぜひお聞かせください。次回の最終講義でお会いしましょう。