Apple論文にある「AIの『推論』はパターン記憶に過ぎない」という意味を考える

  • Appleの研究で、「推論AI」といっても、難しい問題ほど考えることをやめ、解法を教えても使えない、という意外な結果が明らかになりました。
  • 今のところ、AIは「抽象化」を獲得できていなくて、「記憶したパターンの探索」から脱却できていないというのです。

AIが「怠ける」?不思議な現象

最新のAI(人工知能)に奇妙な現象が発見されました。問題が難しくなると、なぜか考えることをやめてしまうのです。これはAppleの研究チームが2025年に発表した論文で明らかになった事実です。

AIの「推論」は思考ではなくパターン記憶 Apple論文が明らかにした3つの限界 1 思考放棄 難しい問題ほど 考えることをやめる 思考トークン数が減少 2 実行失敗 アルゴリズムを教えても 正しく実行できない 構造理解の欠如 3 記憶依存 名前変更で 性能低下 パターン記憶 真の推論ではない 人間の思考 ・抽象化能力 ・構造理解 AIの現状 ・表面的パターン認識 ・記憶の組み合わせ

研究対象となったのは、OpenAIのo3-mini、DeepSeek-R11、Claude 3.7 Sonnet Thinking2など、「推論ができる」と評価されている最新のAIモデルです。これらはLRM(Large Reasoning Model、大規模推論モデル)と呼ばれ、従来のAIとは違って「考える過程」を見せながら答えを出すことが特徴でした。

ところが実際に調べてみると、驚くべき結果が出ました。

従来の数学テストは記憶してしまっている

なぜこれまでこの問題が見つからなかったのでしょうか。理由は、AIの評価方法にありました。

従来の評価では、数学の問題集を使ってAIの性能を測っていました。しかし数学問題には大きな欠点があります。AIが訓練データとして既に答えを覚えてしまっている可能性が高いのです。これをデータ汚染3と呼びます。覚えた答えを思い出しているだけなら、それは真の推論とは言えません。

「推論AI」はパズルが解けない?

そこでAppleの研究チームは、全く新しい方法を考えました。パズルゲームを使った実験です。

研究チームが用意したのは4つのパズルです。

Apple論文の革新的実験手法 従来の数学テスト データ汚染で真の能力測定不可 制御可能パズル環境 複雑度を段階的に調整可能 4つの制御可能パズル環境 ハノイの塔 円盤移動 複雑度:2^n-1手 指数的増加 チェッカー コマ入替 複雑度:(n+1)²-1 二次的増加 川渡り 制約満足 複雑度:線形増加 計画問題 ブロック 積み木配置 複雑度:線形増加 古典計画 段階的複雑度制御で推論プロセスを詳細分析 1 3段階性能 低・中・高複雑度 2 思考トークン 逆相関現象 3 アルゴリズム 実行失敗

これらのパズルには重要な特徴があります。答えを事前に覚えることができず、純粋な論理的推論が必要だということです。

  • ハノイの塔は、大きさの違う円盤を決められたルールに従って移動させるパズルです。円盤の数を増やすことで、段階的に難易度を上げられます。
  • チェッカージャンプは、赤と青のコマを入れ替える一次元のパズルです。コマの数を変えることで複雑さを調整できます。
  • 川渡りパズルは、制約条件を守りながら全員を川の向こう側に運ぶ問題です。人数を増やすと指数的に難しくなります。
  • ブロックワールドは、積み木を目標の配置に並べ替える古典的な計画問題です。

3つの限界が露見

実験結果は衝撃的でした。「推論ができる」とされていたAIに、3つの決定的な限界が見つかったのです。

  1. 難しくなると考えることをやめる
  2. 解法を教えても解けない
  3. 表面的な変更で混乱する
  • まず、興味深いのは、問題が複雑になるとAIが思考トークン4(考える過程で使う文字数)を減らしてしまうこと。難しい問題ほどじっくり考える必要がありますが、AIは逆の行動を取りました。つまり、十分な計算資源があっても、AIは考えることを諦めてしまったのです。
  • また、たとえば、ハノイの塔の完全な解法アルゴリズムをAIに教えても、性能は改善しなった点も驚きです。解法を一から発見するのが難しくても、手順通りに実行するなら簡単なはずです。
  • さらに、名前や順序を変えただけでAIの正答率が大幅に低下することも明らかになりました。例えば、ハノイの塔では100手以上の正確な操作ができるのに、川渡りパズルでは4手で失敗してしまいました。

真の推論能力があれば、このような極端な差は生まれないはずです。これは、AIが「理解」ではなく「記憶」に依存していることを示しています。たとえば、AIがハノイの塔のパターンを大量に記憶しているが、川渡りパズルの記憶は少ないことを反映していると考えられます。

人間の思考もAIと同じなのか?

とはいえ、「推論AIは、推論ではなくパターンマッチングしているだけ」という主張には、「人間の思考だって、所詮はパターンマッチングに過ぎない」という反論もあります。ただ、この論文では人間とAIの違いについても述べられています。

人間の思考とAIのパターン記憶は何が違うのでしょうか。

抽象化(パターンから構造を理解する)

  • 抽象化
  • 構造理解
  • 自己修正能力
VS 真の思考 vs パターンマッチング VS 人間の思考プロセス 抽象化 本質的な構造を理解 構造理解 なぜその手順が正しいかを把握 適応力 表面的変更に惑わされない 自己修正 間違いに気づき修正可能 AIのパターンマッチング 記憶依存 訓練データのパターン想起 × 表面的処理 根本原理を理解していない × 変更に脆弱 名前変更で性能大幅低下 × 初期誤答固執 overthinking現象

まず、人間は問題の本質的な構造を理解できます。これを抽象化と呼びます。

例えば、「3個のリンゴと2個のリンゴを合わせると5個」という問題を理解した人間は、「3台の車と2台の車」でも同じ原理が使えることが分かります。

これは、対象が変わっても、数の概念という抽象的な構造を把握しているからです。

一方、現状のAIは表面的な要素が変わると、途端に混乱してしまいます。「リンゴの問題」と「車の問題」を別々のパターンとして記憶しているようなのです。

手順から原理を理解する

また、人間がパズルを解くとき、単に手順を覚えているわけではありません。なぜその手順が正しいのか、どんな原理が働いているのかを理解しています。

たとえば、ハノイの塔で言えば、「大きな円盤を動かすには、その上の小さな円盤をすべて別の場所に避ける必要がある」という構造を理解します。記憶にないパターンに出会っても、構造の理解によって対応できるのです。

考えすぎて止まらない?

論文では、AIの自己修正能力にも重大な限界があることを指摘しています。

人間は間違いに気づくと、考え直して修正できます。しかし、AIは推論を増やすと誤答にまで思考の範囲を広げてしまう傾向があります。これをoverthinking現象5と呼びます。

正しい答えで探索をやめられずに間違った方向に進んでしまうのは、AIが問題の本質的な構造を理解していない証拠です。

これは「推論」なのか?

この実験結果は、現在の「推論AI」が真の推論を行っていないことを示しています。

AIが真の知性に近づくための課題 現在のAIから真の知性への道のり 現在 パターン マッチング 必要な突破口 根本的 ブレークスルー 目標 真の知性 真の推論 記憶と理解の決定的な違い 1 抽象化能力 本質的構造の 理解機構 パターン→概念 への飛躍 2 柔軟な推論 表面的変化に 惑わされない 汎化能力の 根本的改善 3 自己修正 メタ認知と エラー検出 思考プロセスの 自己監視

確かに多くの問題では、膨大なデータから学習したパターンマッチングが有効です。しかし、それは「思考」というよりは、記憶の延長に過ぎないのです。

真の推論には、抽象化、構造理解、そして柔軟な問題解決能力が必要ですが、現在のAI技術は、その入り口にさえ立っていないようなのです。AIが真の知性に近づくには、まだ根本的なブレークスルーが必要なのですね。


  1. OpenAI o1 System Card – OpenAIの推論モデルo1に関する公式技術文書
  2. DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning – DeepSeek-R1モデルの開発に関する論文
  3. Claude 3.5 Sonnet – Anthropic公式のClaude 3.5 Sonnetに関する情報
  4. GSM-Symbolic: Understanding the limitations of mathematical reasoning in large language models – AIの数学的推論能力の限界に関する研究論文
  5. Chain-of-Thought Prompting Elicits Reasoning in Large Language Models – チェーン・オブ・ソート手法に関する基礎論文
  6. Large Language Models Still Can’t Plan – LLMの計画能力の限界を論じた研究
  7. Faith and Fate: Limits of Transformers on Compositionality – Transformerモデルの構成性に関する限界を分析した論文
  8. Apple Machine Learning Research – Apple公式の機械学習研究サイト
  1. DeepSeek-R1は中国のDeepSeek AIが2025年1月に発表した推論モデル。OpenAIのo1と同等の性能を大幅に低いコストで実現したことで注目を集めた。 – DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning
  2. Claude 3.7 Sonnet ThinkingはAnthropicが2025年2月に発表したハイブリッド推論モデルで、通常の応答と拡張思考モードを切り替えることができる。 – Claude 3.7 Sonnet and Claude Code
  3. データ汚染とは、AIの訓練データに評価用のテストデータが含まれてしまい、AIが答えを記憶してしまう問題。真の推論能力ではなく記憶による回答になってしまう。 – GSM-Symbolic: Understanding the limitations of mathematical reasoning in large language models
  4. 思考トークンとは、AIが推論過程で使用する中間的なテキスト単位。人間が問題を解く際に頭の中で行う思考プロセスをテキスト化したもの。 – Explaining Tokens — the Language and Currency of AI
  5. overthinking現象とは、推論モデルが正しい答えを見つけた後も無駄な思考を続ける現象。計算資源の浪費につながり、推論効率を低下させる。 – Wait, We Don’t Need to “Wait”! Removing Thinking Tokens Improves Reasoning Efficiency