「インターネットは情報を共有するために作られた」と、思う方も多いと思います。
検索エンジンで調べ物をし、動画を見て、SNSで友人とつながる。
現代のインターネットは完全に「情報のネットワーク」です。
だから当然、最初からそういう目的で設計されたのだろうと。
しかし、実はアメリカの大学で初期のインターネットがつながり始めたときは、そうではなかったのです。
1. インターネットの進化
インターネットの歴史は、3つの段階に分けることができます。
- 第1段階:計算機共有ネットワーク(ARPANET)
遠隔地の計算機を直接操作する。計算資源と実行環境を共有する。利用者は専門家のみ。 - 第2段階:情報共有ネットワーク(World Wide Web)
計算機を操作せず、情報を閲覧する。不特定多数が安全に利用できる。インターネットの大衆化。 - 第3段階:抽象化された資源共有(現代のクラウド)
再び計算資源を共有するが、仮想化・コンテナ・APIにより安全性を確保。直接ログインという危険な形を避けている。
私たちの知るインターネットは、おおむね「情報共有ネットワーク」や「クラウドサービス」の時代です。
しかし、それより前の時代があるのです。
1.1. 最初に使われていたのはWebではなかった
初期のインターネット(ARPANET)で中心的に使われていたのは、主に次の2つのサービスです。
- Telnet(テルネット)
遠隔地にある計算機に、まるで目の前の端末のようにログインして操作するサービス。 - FTP(File Transfer Protocol)
ファイルを別の計算機に転送するサービス。
これらは、今でもサーバーを管理するときに利用します。
しかし、WebブラウザもHTMLもまだ存在しません。
メールはありましたが、補助的な役割でした。
2. なぜ計算機を共有する必要があったのか
重要なのは、Telnet。
つまり、リモートログインの仕組みです。
Telnetで他大学の計算機にログインすれば、その環境をそのまま使えます。
1960年代当時の計算機利用環境は現代とはまるで違います。
計算機は非常に高価で、大学や研究機関に1台あるかないかという希少な資源でした。
しかも、各機関の計算機は性能も用途も異なります。
例えば、A大学には数値計算が得意な計算機があり、B研究所にはグラフィックス処理に強い計算機がある。
研究者は自分の所属機関にある計算機しか使えません。
必要な性能やソフトウェアがなければ、研究が止まってしまいます。
ARPANETにつなげば、この問題を解決することができました。
遠隔地にある計算機同士を、ネットワーク越しに直接使えます。
つまり、初期のインターネットは「情報を見るため」ではなく、「計算機そのものを共有するため」のネットワークだったのです。
プログラムを実行するには、ただファイルがあるだけでは不十分です。
オペレーティングシステム、ライブラリ、コンパイラ、設定ファイル──これら全てが揃った「実行環境」が必要です。
ただし、この初期からある「リモートログイン」という設計は、後に「サイバー攻撃」の根深い要因にもなっています。
3. HTMLが全てを変えた理由
World Wide Webが登場するのは、1990年代初頭です。
Tim Berners-LeeがCERNで提案したWebは、それまでのネットワーク利用とは根本的に異なる設計思想を持っていました。
利用者は計算機にログインしない。
情報を「読む」だけ。
HTMLでできることは限られています。
文章を書き、画像を配置し、リンクを張る。
それだけです。
サーバー側のファイルを削除したり、プログラムを実行したりはできません。
HTMLという技術は、一見すると単純です。
しかし、この単純さこそが革命的でした。
Telnetの世界では、ログインした瞬間から全ての権限が与えられました。
ファイルを削除できますし、システムを停止させることもできます。
これは信頼できる少数の研究者間でしか成立しない仕組みでした。
しかし、利用者がサーバーを動作させないなら、専門知識がなくても安全に使えます。
これによって、不特定多数に公開できるようになりました。
ウェブという信頼を前提としない仕組みにより、インターネットは一般の人々に開かれたのです。
「インターネット=情報のネットワーク」という理解は、現代の姿です。
しかし、初期のインターネットは、計算機を遠隔で使うための道具でした。
Webの登場により、初めて「情報」が主役になりました。