
はじめに
現在使われているWindows 11搭載PCの多くに、意外な「出自」があることをご存知でしょうか。実は、かなりの数のWindows 11 PCが、もともとはWindows 7や8だった古いマシンなのです。
この状況が、毎年のWindows Update時に起こる「謎の不具合」や「突然の故障」と深く関わっています。
Windows 11の強制アップグレードが生む「年次の関門」
Windows 11では、各バージョンのサポート期間が約2年に設定されています。例えば、Windows 11 23H2は2025年11月12日、24H2は2026年10月頃にサポート終了予定です1。
これは「延長」ではなく「乗り換え」の仕組みです。新しい機能更新プログラムを適用することで、そのバージョンの2年間のサポート期間に移行します。つまり、Windows 11といってもバージョンアップをしないままでは、セキュリティ更新も受けられなくなるのです。
Microsoftは、サポート終了が近づくと自動的に新しいバージョンへのアップグレードを開始します2。この仕組みにより、古いPCは年1回、必ず大型アップデートという「関門」を通過しなければなりません。拒否し続けることは技術的に困難で、最終的には強制的に実行されます。
古いハードウェアでの更新失敗パターン
処理が遅いパソコンで機能更新プログラムを適用しようとすると時に、以下のような問題が頻発します。
- まず、ダウンロード段階で異常に時間がかかります。
低速なストレージ(HDDはSSDに比べてデータの書き換えに時間がかかる)や古いネットワークアダプターが原因です。 - 次に、インストール段階で処理が停止したり、エラーが発生したりしがちです。
メモリ不足や古いCPUでの長時間処理による熱問題で、処理が止まりやすいのです。 - 機能更新プログラムでは、デバイスドライバーも更新されます。
しかし、古いハードウェア向けのドライバーは、新しいWindowsバージョンに対応していない場合があります。
アップデート後に画面表示がおかしくなったり、周辺機器が認識されなくなったりする原因の多くはここにあります。
また、ハードウェアの経年劣化も深刻な問題となります。
- 古いSSDやHDDは書き込み性能が低下し、大容量ファイルの処理に時間がかかります。
- 電源ユニットの劣化により、高負荷時に電力供給が不安定になることもあります。
- 冷却ファンの性能低下で、長時間の処理中にCPUが過熱し、処理が中断される場合もあります。
システムファイル破損のメカニズム
更新処理に失敗すると、さらに更新の復旧処理が引き起こされ、徐々にシステムファイルの整合性が破綻していきます。最悪の場合Windowsが起動しなくなります。
Windows Updateの機能更新プログラムでは、システムの中核部分を書き換えます3。この処理中に電源が切れたり、エラーが発生したりすると、システムファイルの整合性が失われます。
Windowsは「ある程度の破損があっても動作を継続する」設計になっていますが、問題は蓄積されます。Windows 10/11には、SFC(System File Checker)やDISM(Deployment Image Servicing and Management)といった修復ツールが搭載されていますが、これらのツールでも修復できない破損が発生することがあります。
毎年行われる「ふるい落とし」
Windows 11の年次機能更新プログラムは、事実上「古いPCの生存確認テスト」として機能しています。更新に成功すれば次の2年間のサポートを受けられますが、失敗すれば実質的に使用継続が困難になります。これは、毎年行われる「ふるい落とし」のような仕組みです。技術的には動作可能でも、年次更新という高いハードルにより、段階的に古いマシンが「脱落」していきます。
Windows 10への異例の無償アップグレード
一見正常に動作しているWindows 11 PCが、なぜ年次の大型アップデート時に問題を起こすのか。その背景には、Windowsの進化とPCハードウェアの世代差が生み出した構造的な問題があります。
2015年7月29日、MicrosoftはWindows 10への無償アップグレードを開始しました4。当初は1年間限定とされていましたが、実際には2023年9月20日まで、なんと8年間も継続されました5。公式には2016年7月29日で終了とされていたものの、Windows 7や8のプロダクトキーを使ったWindows 10のインストールが可能だったため、多くの古いPCがWindows 10に移行しました。
Windows 7/8からWindows 11への移行は、多くの場合二段階で行われました。まずWindows 10にアップグレードし、その後Windows 11の要件を満たす場合にさらにアップグレードするというプロセスです。興味深いことに、2017年頃製造のCore i5-7300U搭載PCなど、Windows 11の最小システム要件をギリギリ満たすマシンも多数存在します。
リファービッシュPC市場の急成長
企業のリース満了PCが中古市場に大量流入したことも、この現象を加速させました。一般社団法人情報機器リユース・リサイクル協会(RITEA)の調査によると、2016年度の国内リユースPC販売台数は270万台で、PC市場全体の21.4%を占めていました6。
これらのリファービッシュPCの39.5%は、製造から3年以内の比較的新しいPCですが7、多くは、もともとWindows 7や8がプリインストールされていた企業用マシンをメモリ8GB、SSD換装して安価で流通させたものです。
Windows 7/8由来のパソコンは意外とまだ多そう
これらの要因を総合して、現在稼働中のWindows 10/11 PCのうち、元々Windows 7/8だった機器の割合を推定してみます。
過去の販売台数と耐用年数やリファービッシュPCのシェアから、元Windows 7/8マシンは利用されているパソコン全体のうち約17%程度と推定されます。パソコン全体の中で個人向けのパソコンは、30%ほどです。したがって、全年代を含めた個人のパソコンに限れば、かなり大きな比率で存在していると示唆されます。
更新プログラムの大型化とハードウェアの世代差
Microsoftの無償アップグレード戦略は、Windows 10/11の普及には成功しました。しかし、意図しない副作用として、現在のWindows環境に「設計想定を超えた古いハードウェア」が大量に混在する状況を生み出しました。
「Windows 11対応」の半数近くが、設計思想が古いWindows 7や8をアップグレードしたものであることがネックになっています。
2009-2014年頃に設計されたPCのハードウェアは、現在のような大型更新を想定していません。Windows 7/8時代の更新プログラムは、主にセキュリティパッチや小さなバグ修正でした。ダウンロードサイズは数百MB程度で、PCへの負荷も限定的でした。当時のWindows Updateは「小さなファイルを定期的にダウンロードして適用する」程度の処理でした。
ところが現在は、年1回4GBのデータをダウンロードし、システム全体を書き換える大規模な処理が必要です。Windows 10以降は状況が一変し、年1回の機能更新プログラム(Feature Update)は約4GBという大容量になり、システム全体に大きな変更を加えるようになったからです8。これは従来の「パッチ」ではなく、OSの大幅なバージョンアップに相当します。
リファービッシュPC特有の問題(企業用設定の残存)
リファービッシュPCに特有の問題もあります。多くは企業で使用されていたため、一般消費者向けのWindows 11環境と衝突し、更新時に予期しない問題を引き起こすことがあります。
また、中古PC業者によるデータ消去やOS再インストール時に、ハードウェア固有の設定が適切に行われていない場合があります。特に、BIOSやUEFIの設定が古いまま残っていると、新しいWindowsバージョンとの互換性に問題が生じます。
更新前の事前チェックツールの活用
機能更新プログラムの成功率を上げるためには、十分な空き容量の確保が不可欠です。システムドライブに最低20GB以上の空きを確保し、可能であれば外部ストレージにデータを移動させます。
古いパソコンを更新するときには、他のアプリケーションを終了し、PCを使用しないことも重要です。また、ネットワーク接続を有線に切り替え、安定した通信環境を確保することで、ダウンロード失敗のリスクを軽減できます。
更新前にシステムの整合性を確認しておくことも有効です。
- Windows 11の機能更新前には、システムファイルチェッカー(sfc /scannow)の実行が推奨されます。コマンドプロンプトを管理者権限で開き、このコマンドを実行することで、システムファイルの破損を事前に検出・修復できます。
- また、DISM /Online /Cleanup-Image /RestoreHealthコマンドにより、Windowsイメージの整合性を確認・修復することも重要です。
ただし、これらのツールでも修復できない問題が存在することは認識しておく必要があります。設計から10年以上が経過したPCでは、物理的限界は克服できません。現在のWindows 11が要求する処理能力や信頼性を満たすことが困難になっています。
まとめ
現在稼働中のWindows 11 PCの相当数が、元々はWindows 7/8時代に設計された古いマシンです。これらのPCは技術的にはWindows 11の要件を満たしているものの、年次の機能更新プログラムが想定を超えた負荷となり、システム不具合や故障の原因となっています。
Windows Updateの大型化、各バージョンの限定的サポート期間、強制アップグレードの仕組みが組み合わさることで、古いハードウェアには年1回の「関門」が設けられた状況です。無償アップグレード戦略により延命したPCが、皮肉にも年次更新で「寿命」を迎える構造的問題が発生しています。
- Windows 11の各バージョンには個別のサポート期間が設定されており、Home/Proエディションは約24カ月のサポートが提供される。 – Windows 11 Home and Pro – Microsoft Lifecycle
- Microsoftは機械学習(ML)モデルのトレーニングに従ってアップグレード対象デバイスを決定し、安全なロールアウトとスムーズな更新エクスペリエンスを実現するためにインテリジェントMLモデルをトレーニングしている。 – Microsoft、Windows 11 23H2への強制アップグレード開始
- Windows Updateの失敗によってシステムファイルの整合性が破綻し、最悪の場合Windowsが起動しなくなることがある。 – Windows Updateで失敗を繰り返す原因と対処法を専門家が徹底解説
- Microsoftは2015年7月29日(日本時間7月30日)にWindows 7 SP1、および8.1 Updateユーザー限定の無償アップグレードプログラムを含む一般への提供を開始した。 – Windows 10 の無償アップグレード、7 月 29 日に提供開始
- 公式には2016年7月29日で終了とされていたが、実際は2023年9月20日まで「裏技的に」Windows 7/8のプロダクトキーによるWindows 10/11のライセンス認証が可能だった。 – Windows 7/8からWindows 10への無償アップグレードが完全終了
- RITEAに参加している情報機器リユース取り扱い事業者35社の集計によると、2016年度のリユースPCの販売台数は前年並の270万台となり、新品PCと中古PCを合わせた国内市場規模1,260万6,000台の21.4%を占めた。 – 中古PCが国内PC市場の2割を占める ~RITEAが設立10周年を迎える
- 270万台のうち、39.5%が製造年度から3年以内の中古PCだった。これは企業のリース満了や早期買い替えによるものとされている。 – 中古PCが国内PC市場の2割を占める ~RITEAが設立10周年を迎える
- 品質更新プログラムは約1GB、機能更新プログラムは約4GBとなり、そのサイズは今までと比べものにならない大きさになる。 – Windows 10の機能アップデートを効率化!