ビットコインには、必ず出てくる批判があります。
「あんな計算に膨大な電力を使うのは無駄だ」というものです。
ただ、これは比較の問題です。
というのも、普段私たちが当たり前に使っている日本円や米ドル(つまり法定通貨)のシステムにも、維持コストがかかっているからです。
もし、大富豪が金塊を安全に保管しようとすれば、金庫を警備するには相当の費用がかかります。
金庫破りを抑止するには、保管している価値に比例したコストがかかることになります。これが、ビットコインならその維持コストをシステム全体に広く「分散」できることになります。
ここが、大富豪にとってのメリットなのかな、と思うに至りました。つまり、大富豪の価値の保存を、システム全体で賄っている。
1. ビットコインのコストは電力にほぼ集約される
ビットコインがどうやって成り立っているかをまず整理しておきます。
ビットコインには「マイニング(mining)」と呼ばれる仕組みがあります。
世界中のコンピュータが複雑な計算問題を解き合い、最初に正解したマシンが新しいビットコインを報酬として受け取ります。
この競争が、取引記録の改ざんを事実上不可能にします。
銀行の代わりに、計算の難しさが「信用」を担保しているわけです。
この仕組みの特性として、電力消費がコストのほぼすべてを占めます。
専用機材の購入費も人件費も、突き詰めれば「いかに安く電力を調達するか」の競争に帰着します。
ケンブリッジ大学の研究機関 Cambridge Centre for Alternative Finance(CCAF)が運営するビットコイン電力消費指数(CBECI)の推計によれば、ビットコインの年間電力消費量は2023年時点で推計値120 TWh(テラワット時)、推計幅は67〜240 TWhとかなり広いです1。
1 TWhは10億kWhですから、規模感としてはギリシャやアルゼンチンといった中規模国の年間消費量に相当します。
電力コストに換算してみます。
1 kWhあたり0.05ドル(産業用の安価な電力、CBECIモデルの仮定価格)で計算すると、年間約60億ドルになります。
これがビットコインネットワークを維持するための実コストの近似値です。
2. 法定通貨のコストは「見えにくい」だけで安くない
一方の法定通貨は、コストが分散しているため見えにくいです。
税金や手数料に紛れて、意識に上りにくい形で支払われています。
たとえば、米ドルのシステムを例にとって積み上げてみます。
造幣局(米国財務省造幣局)の運営費は年間約10億ドル前後。
連邦準備制度(Fed、日銀にあたる中央銀行)の運営費は約60億ドル。
銀行間の決済インフラ、たとえば Fedwire や ACH といった送金ネットワークの維持費を含めると、数百億ドル規模になります。
さらに大きいのが、金融犯罪対策のコンプライアンス費用です。
マネーロンダリング(資金洗浄)対策として金融機関が義務付けられている顧客確認手続き(KYC: Know Your Customer)や、取引監視システムの運用費は、米国・カナダだけで年間約610億ドルに達するという調査があります2。
警察・司法のコストの一部も加わります。
通貨偽造・詐欺・横領といった金融犯罪の捜査や起訴にかかるコストは、「法定通貨の信用を守るためのコスト」と見ることができます。
ここを精確に切り出すのは難しいですが、決して小さくありません。
これらを合算すると、米ドルシステム全体では年間数千億ドル規模のコストがかかっていると概算できます。
3. どちらが「効率的」かは、分母次第で逆転する
しかし、単純な総額だけでは、どちらが効率的なシステムなのかは言えません。
処理している取引件数も考慮に入れなければなりません。
ビットコインの処理能力は、ネットワークの構造上、1秒あたり約7件が上限です3。
対して Visa の決済ネットワーク(VisaNet)は、最大65,000件/秒の処理能力を持ちます4。
処理量あたりのコストで計算し直すと、ビットコインは既存の決済システムより桁違いに非効率です。
つまり、「送金・決済インフラ」としては、ビットコインは明らかに非効率です。
でも、別の尺度もあります。
ビットコインを「デジタルゴールド」、つまり価値を保存するための手段として捉えるなら、また比較対象は変わります。
金(ゴールド)の採掘にかかるコストは、業界標準指標のAISC(All-In Sustaining Cost、採掘から精製・維持まで含めた全コスト)をもとに概算できます。
2022年の世界平均AISCは1オンスあたり約1,276ドルで過去最高を記録しており5、2022年の年間生産量はおよそ3,612トン(約1億1,600万オンス)でした。
掛け合わせると採掘コストだけで約1,480億ドルに相当します。
保管・輸送コストも加えれば、さらに膨らみます。
その文脈では、ビットコインの年間60億ドル前後という維持コストは決して大きくない数字です。
つまり、ビットコインが効率的か無駄かというは、何として使うかによるようです。
決済手段として見るか、価値の保存手段として見るかで、結論がまるごと逆転するわけです。
そして、この経済性ゆえにビットコインは、決済手段としてはあまり使われず、価値の保存手段とみなされるようになったのです。
4. この比較の限界と、残る問い
とはいえ、ここまでの比較には限界があることを述べなければなりません。
まず、法定通貨のコストは国や通貨によって大きく異なります。
また、ビットコインのマイニングに使われる電力のうち再生可能エネルギーの比率がどのくらいかという議論を今回は省きました。
複数の調査によれば再生可能エネルギーの比率は43〜52%程度とされており6、電力の「量」だけでなく「質」の問題は、環境負荷の議論では切り離せない論点です。
さらに、比較の前提として「何のためのコストか」を揃えることが難しいです。
法定通貨のシステムは金融包摂(銀行口座を持てない人々への対応)や経済政策のツールとしての機能も担っており、ビットコインとは目的が部分的にしか重なりません。
「ビットコインは電力の無駄」という批判は、感覚的には理解できます。
ただ、比較対象を明示しないまま「無駄」と断じるのも、同じくらい粗い議論です。
この問いに答えるには、「何のために使うのか」「何と比べるのか」をまず決めなければなりませんね。
- CCAFは2023年にモデルを更新し、以前より低い推計値を発表しました。ただしU.S. Energy Information Administration(EIA)の分析では年間120 TWhを基準値としています。数値には不確実性があります。 – Tracking electricity consumption from U.S. cryptocurrency mining operations – U.S. Energy Information Administration
- LexisNexis Risk Solutionsが2023年に実施したForrester Consultingへの委託調査によるもの。世界全体では2,000億ドルを超えるという試算もあります。 – Study Reveals Annual Cost of Financial Crime Compliance Totals $61 Billion in the United States and Canada – LexisNexis Risk Solutions
- ビットコインの処理上限はブロックサイズとブロック生成間隔(約10分)によって決まります。ライトニングネットワーク(Lightning Network)などのレイヤー2技術を使えば毎秒数百万件規模の処理が可能とされますが、本記事ではビットコインのベースレイヤーの性能を扱っています。 – Visa Crypto Thought Leadership – A deep dive on Solana | Visa
- 65,000 TPSはVisaのピーク時の処理能力(キャパシティ)で、実際の平均処理量は約1,700件/秒程度です。 – Visa Fact Sheet
- 世界金協会(World Gold Council)のデータによります。前年比18%増で、ウクライナ侵攻によるエネルギー価格上昇が主因です。 – Gold miners’ costs reached a record high in 2022 | World Gold Council
- 水力発電が約23%、風力が約14%を占めるとする分析もあります。ただし調査方法によって数値に幅があります。 – How Much Electricity Does Bitcoin Mining Use? 2025 Analysis